ちいさくて、おおきな子〜無麻酔下の歯石除去による死亡事故

ちいさくて、おおきな子〜無麻酔下の歯石除去による死亡事故

はじめに

昨年11月に11歳になったばかり、だいぶおじいちゃんになって来たものの、相変わらず甘えん坊で王子様で元気いっぱいだった羽夢(はむ)は、1月21日、突然の事故で虹の橋を渡ってしまいました。

ほとんどの仕事が自宅で完結してしまうわたしは、ほぼ365日24時間、起きてから寝るまでずっと、くっつき虫だった羽夢の不在を、今もまだ、上手に受け入れられずにいます。

仕事中は、食事中は、膝の上に。
「疲れたー!」と横になれば胸の上に。
眠る時には首のくぼみに。
お風呂から上がれば浴室のドアの前に。
家事の、メイク中の足下に。
ちょっとのお出掛けは、鞄の中に。

赤ちゃんの頃からこんな風に

大人になっても同じように

当たり前のように10年以上わたしにくっつき続けた、ちいさなちいさな1.2kgの男の子は、わたしのからだの一部のようになっていて。疲れた時、しんどい時には「だいじょうぶ?」って、まんまるな顔にまんまるな目で、ちいさな頭でいつでもわたしを見上げて、言葉は話せなくてもいつも何か言いたげで。

どうぶつと暮らしたことのある方の中でも、自分の意思で家族に迎えることを決め、食事から何からすべて自分で世話をして、たくさんたくさん愛情を注いで、たくさんたくさん愛情をもらって、そうやって長い時間を共に過ごしたことのある方にしか分かってもらえないのかも知れませんが、わたしにとって彼らは「ペット」ではないのです。

種が違うだけで命を持った、言葉が喋れないだけで心もあるし意思疎通もはかれる、大げさでもなんでもなく「家族」でした。犬の知能は一般的に2〜3歳程度の人間の子供と同等で、賢い子になると5〜6歳程度の人間の子供と同等以上の知能を持つといいますが、そんな、ちいさなままの子供のような存在でもありました。

愛犬家といっても様々ですし、愛情の掛け方もそれぞれです。どんなに愛を注いでいても「犬は犬」ときちんと線引きされている方もいますし、わたしのような関わり方、感じ方は間違っているのかもしれません。でも、わたしにとって、羽夢はたいせつなたいせつな子でした。
 
 
 
 

発信することへの迷い

この投稿をするまで、本当はすこし迷いがありました。

わたしは、2008年、立て続けに愛犬を2頭失っています。そのどちらも羽夢と同じように溺愛していた子でしたが、わたしの与り知らないところで起きた事故と事件で突然の別れとなり、本当に長い間、わたしはペットロスで苦しんでいました。

どちらも、そこには当事者にしか分からない色んな事情がもちろんあって、近しい友人ならともかく、公にすべてをつまびらかにすることはしませんし、できません。そうすることによって傷つけてしまう大切な人がいたりもします。それでも、必要に迫られて公にすれば、事故で喪ったと字面だけ見た一部の人は「事故に遭わせる飼い主が悪い」と非難する。当たり前のことですが、もし自分に非がなくとも、自分を一番責めているのはわたし自身です。それでも、えぐるように、重箱の隅をつつくように、誹謗中傷する人がいる。

何より困惑したのは、1頭は、オートロックのマンションで、その日はたまたま施錠の確認までして出掛けた、その間の盗難(窃盗)被害だったにも関わらず、盗難されたことまでもを酷く非難する人たちが大勢いたことでした。
 
 
そんな風に、公にできる情報を、必要があってできる限り言葉を砕いて伝えても、必ず見当違いな非難がわいて出て、それは、たくさんの温かい言葉や優しさを簡単に凌駕して、傷付いて消耗した自分を更に追い込むことになる。そのことを知っていたので、きっと今回もそうなるんだろうな…と、すこしだけ躊躇したのです。

でも、そんな迷いを吹き飛ばすくらい、今回の事故を起こした当事者は酷い無知で、同じ事故がもう二度と起きて欲しくない、我が子の死を無駄にしたくない、そんな思いで、この更新を決めました。

きちんと構成を考えて書いて推敲して…という時間的余裕がなく、まだ生傷の状態です。とてもとても長くなりそうですし、理論整然と淡々と書くことも、できそうもありません。

ですが、愛犬家で、ご自宅の子がすでにシニア…という方には、長文の上、思いつくままを書き連ねた読みづらい乱文になってしまうとは思いますが、ぜひ最後までお読みいただければ幸いです。

知っていて選ぶことと、知らずに選ぶことは違います。被害に遭ったからこそお伝えできることもあります。この情報が必要な人に届いて欲しい。そして、今は必要なくともいつか必要となった時に、家族のために必要な知識として知っていて欲しい。そう思ってお伝えします。

そして、わたしの非が、無知が許せず、それをわたしにぶつけたいと思った方は、どうかその貴重なお時間と労力を、至らないわたしなどにぶつけるのではなく、わたしと同じように「知らない者」への周知や、日本の動物医療環境などの向上のために声をあげることにお使いいただき、悲しい事故が起こらないためのお力添えをいただけませんか。
 
 
 
 

注意事項

以下、文中の引用や各種情報につきましては、公的機関に直接電話で問い合わせたり、専門知識を持った弁護士、獣医師からの言葉、また、インターネット情報につきましても、できるだけ信頼のおけるWEBページからの引用を行なっておりますが、わたし自身は飽く迄も専門知識を持たない素人です。

また、文中の獣医師とのやり取りなどは記憶の書き起こしになりますので、ところどころ細かい点が獣医師の言い回し通りでない箇所もあるかと思います。

そういった諸々を加味しても、危険な行為であることは変わらないので情報として発信しますが、上記ご留意の上、疑問に思ったことは各自で専門機関あるいは獣医師にご相談いただきますよう、お願い申し上げます。

また、本文中は愛犬に特化して記述しておりますが、この施術は猫ちゃんや、ほかのどうぶつさん達に対しても行なわれていることが分かっています。そのため、SNSでは「愛犬家、愛猫家のみなさんへ」とさせていただきました。

今、すべてを書き終えてこの項目を加筆していますが、本当に、かなりの長文になってしまいました。

途中まで読んで、後から続きが読めるように冒頭に「もくじ」を設置しましたが、それでも読み飛ばしたくなる程の長さと感じる方も多いかと思います。その場合、せめて最後のまとめだけでもお読みいただければと思います

できるだけたくさんの方にお読みいただくことで、このブログが「無麻酔 歯石取り」の検索時、検索上位にヒットし、何も知らずに施術を検討して検索した飼い主さんが「なにこれ。え?死亡事故?」…と、すこしでも気に掛けてくださること、また、今現在、一緒に暮らすどうぶつさんたちにその施術を行なっている飼い主さんが、本当は危険な施術なんだと認識してくださること、施術を導入している店舗関係者さんたちに正しく「危険な施術である」という認識が行き渡ることを切に願っています。
 
 
 
 

犬の麻酔リスク

羽夢を家族に迎えてから、「体の小さな子でも臆さずしっかり診てくれて、本当に信頼できる」と紹介されて、以来、我が家の子たち全員をずっと診てくださっている獣医さんは、本当に365日24時間体制で休みなし、保護活動にも協力的で診療代も良心的…という絵に描いたような良い先生で、動物医療に命をかけているような方です。

羽夢は11歳という老齢に加えて1.2kgと特にからだが小さく、さらにチワワという中頭種の中でも短頭種寄りの犬種、個体で、やや腎臓の数値も高めだったので、本当に命の危険があるケース以外は麻酔は使わない、と、先生と決めていました。羽夢のような子の場合、麻酔リスクが非常に高く、麻酔によって死んでしまうことがあるからです。

旅先などで単発で罹った獣医師からは(羽夢は後ろ脚の骨に異常があって、もし体の大きな犬だったら即手術しなくては歩けなくなってしまう状態だったので)安易に手術を勧められることも度々あったのですが、そのことを主治医に話すと「羽夢くんをちゃんと診て、それで、絶対安全で簡単に(麻酔処置が)できる、簡単な治療だなんて断言できる獣医師がいるなら、僕がその方に色々技術や知識を教えていただきたいくらいです」と仰っていました。

主治医は、飼い主側の負担もどうぶつ側の負担もよく考えて、いつも幾つかの治療方法を提案してくれて、どれを選ぶのか、それを選ぶとどんなメリットがあってどんなデメリットがあるのか…など、とても親身になって考えてくださる先生です。

一般的に「避妊・去勢手術は簡単だ」と言われているし、飼い主側も安易にそれを受け入れ当たり前のように手術をしますが、(そのことを否定しているのではなく)すこし想像力を働かせて考えてみたら、本当に本当に当たり前のことなんですが、人間が麻酔下で切開手術を受けたら、それがどんなに(ドクターいわく)「小さな切開」であっても「簡単な手術」であっても、麻酔から醒めた直後や傷が塞がるまではキツいんです。ご経験のある方ならわかるでしょう。

過去、別のドクターの元で(羽夢ではない別の)愛犬の去勢手術をした際には、手術→入院→翌日お迎えでしたし、それが恐らく一般的でしょう。お迎え時に今まで聞いたことのない声で鳴きながら必死で抱きついて来たその子を「初めてのお泊まりでさびしかったのかな?怖かったのかな?」なんて呑気に思っていましたが、今の先生の元に移って別の子の手術をお願いした際、

「麻酔から醒めた時、一番安心できる人の傍で、安心できる場所で、ゆっくり休む方がこの子たちにとっても良いことなので」

と、入院ナシを勧められ、(包帯の巻き方や諸注意を受けて)当日自宅に連れ帰ることになり、初めて麻酔から完全に醒めた、手術直後の我が子の様子を目の当たりにして「簡単とか、簡単じゃないとか、そういう問題じゃなくて、手術は手術なんだ」と気付かされました。

先生は、わたしのような無知な飼い主にたくさんの気付きを与えてくださる方です。
 
 
だから、ここ一年くらいで急に体調を崩しやすくなって、口腔トラブルが原因なのかな…違うのかな…でも違うとしたら怖い病気の可能性もあるって言われてるし…という体調不良を抱えた羽夢は、大学病院など、他の病院での麻酔処置も「紹介しますよ?」と提案されたのですが、「でも、どんなに設備が整っていても、結局、羽夢の場合は(年齢云々より)症状も含めた身体的な事情から麻酔リスクが高いんですよね?だったら、どこでやってもらっても同じじゃないですか?」と、麻酔が必須になるCTなどのきちんとした検査は選択せず、定期的に血液検査を続けつつ幾つかの薬を試しながら様子見の状態が続いていました。

[補足]羽夢の場合は色々な要因が重なったことで、最終的に「麻酔リスクが高過ぎる」と判断したのですが、高齢だから必ずしも麻酔がダメ、という訳ではありませんし、獣医さんによって見解はまちまちです。先ずは信頼できる主治医、それから、人間のセカンドオピニオン同様、複数の獣医科医院で色んな獣医さんの話を聞いて判断するのが良いと思います。
 
 
 
 

犬の口腔トラブル

子供の頃から徹底的に、毎日しっかりハミガキ!…ができていれば、そもそも口腔トラブルとは無縁だったのかもしれません。

幼少の頃から犬と暮らして来ましたが、たまたま運が良かっただけなのか、わたしが知らなかっただけで家族がハミガキしていたのか、過去に口臭を感じた子が1頭もおらず、みんな歯がきれいだったので、歯石対策のガムみたいなものではなく、犬にも毎日、歯ブラシなどのデンタルケア用品を使ったハミガキが必要で、3日サボれば歯石になるのだという情報を得たのは羽夢を迎えてしばらく経ってからのことでした。

できるケアはしていたつもりですが、既にわたしには甘えて「イヤイヤ」することを覚えてしまって、押さえどころを誤ると簡単に窒息してしまう、ちょっと力を入れたら簡単に骨折してしまう小ささの羽夢に(なので、爪切りなどの処置も、できるところまでは自宅で行い、ちゃんとしたケアは毎回獣医さんに連れて行ってお願いしていました)、120%胸を張って「11年間、パーフェクトなハミガキと口腔ケアをしていました!」とは言えません。わたしの非です。

もともと羽夢は、体が小さかったせいか乳歯が抜けずに大人の歯が生えてしまう乳歯遺残という状態で、それに気付いた頃、ちょうど犬のハミガキについての知識を得たものの時すでに遅し、ただでさえ歯石が付きやすい状態でしたので、素人では取りようのない状態になっていました。

本来なら麻酔を使って抜歯したり、歯石除去するものですが、前述の通り羽夢に麻酔は使えません。都度都度そのことを獣医さんにも相談していましたが「まあ、歯がなくなっても死なないしね!」と積極的な治療を勧められることはなく、自宅で、ハミガキシートやペーストなどを使って、負荷の高くない、できる範囲のケアを…という方針で来ました。

ですが、わたしに限らず、歯石が原因と思われる口腔トラブルに悩むシニア犬オーナーさんや、上手にハミガキができなくて悩む方が多いことも事実です。

人間でも、毎日きちんとハミガキして、丁寧にケアしているつもりでも歯石は付いてしまうものですが、一昔前に比べて犬の住環境や食べ物が大幅に変わって来ていること、それにより寿命が伸びて来ていることも関係していると思います。

人間の子供がハミガキ指導を受けるのと同じように、保健所や保護団体からお迎えしたならそこで、ブリーダーからお迎えしたならそこで、ショップからお迎えしたならそこで、最初に「ハミガキを習慣化させてくださいね」っていう注意喚起や、ハミガキ指導の案内なんかがあって、全国の獣医科医院など、気軽に行ける場所で犬へのハミガキ指導も当たり前のように浸透すればいいのにな、と思います。
 
 
 
 

犬のための歯の治療

人間が虫歯になったり、何か歯や口腔内にトラブルがあった場合、普通に歯医者か口腔外科を受診しますよね。ところが、どうぶつは全部まとめて獣医さんです。今回の事故に遭うまで疑問に感じることすらありませんでしたが、犬には(少数、歯科治療に力を入れている病院もあるようですが、基本的に)「歯や口腔専門の医者」はおらず、また、それに特化した国家資格もありません。(※わたしが調べた限りですので、誤っていたらごめんなさい。)

ある愛犬家の方が「かかりつけの獣医さんが言ってたけど、日本の動物医療は幼稚園レベルなんだって。でも、実際にそうなんだろうなと感じることがよくある。」と仰っていました。ですが、未だどうぶつ達を“器物”と定義するようなこの国で、国が動物医療の向上のために予算を割くことなど期待できません。
 
 
一般的に犬のための歯の治療は“麻酔して行なう”のがスタンダードです。

そして、わたしと同様“年齢的な問題“、“身体的な問題”などから麻酔の選択ができず、愛犬の口腔トラブルに頭を悩ませる愛犬家の皆さんが頼り出したのが『無麻酔の歯石取り』や、名称は色々ですが『犬専門の歯医者』を謳う人たちです。

ですが、前述した通り、犬には“歯や口腔専門の医者”はおらず、また、それに特化した国家資格もありません。ないんです。
 
 
今回の事故後、初めて知ることとなったのですが、獣医学会は無麻酔の歯石取りに対し警鐘を鳴らしていて、獣医師免許を持ったドクターたちの中で積極的にそういった施術(=無麻酔下での歯石除去)を行なう方はごく少数なのだそうです。なぜなら、万が一の事故が起きた時「知らなかった」では済まないから。正しい知識を以て治療を行なおうと思ったら、それに見合うだけの時間が必要だから。きちんとした技術を習得するために、それだけに特化した訓練を、時間を掛けてしなくてはいけないから。そうしたことにより、その他の治療を行なう余裕がなくなってしまうから。

様々な危険な治療がある中で、同じように危険なのに、必ず麻酔を行なった上で歯の治療を行なうにはそれなりにきちんとした理由があって、そして、無麻酔での治療に警鐘を鳴らすにもきちんとした理由があるからこそ、獣医学会は「反対」だと問題視している訳です。

▼日本獣医学会
『無麻酔下の歯石除去について』
http://www.jsvetsci.jp/10_Q&A/v20131004.html
“一般には,口腔内の清浄化を行う処置は“歯石取り”などと言われ,爪切りと同じように扱われていることもありますが,正しくは,歯面や歯周ポケット内に蓄積された歯垢や歯石を除去し,再付着を防ぐための歯面研磨までの一連の処置で,歯周病の発生予防や進行防止を目的として行われます。このため、歯面の清掃と同時に、歯周ポケットの有無の確認やレントゲンによる歯周炎の進行度の診断、ポケット内清掃が重要とされます。”

▼日本小動物歯科研究会
『無麻酔下歯石除去に関する統一見解』(pdf)
http://www.sa-dentalsociety.com/news/dental%20scaling.pdf
“近年、口腔内への施術は法律的にも許されていないトリマーや動物看護士、歯科衛生士など が、無麻酔で歯石をとることによる弊害が多発しています。無麻酔で、しかも口腔内の処置を実施するトレイニングを受けていない人たちによって行われる“歯石取り”なる行為が、いかに危険なものであるのかをご理解いただき、安全で、効果的、かつ適切な口腔内に関する医療行為をしていただきたいと切に願っています。”

▼日本小動物歯科研究会に寄せられた“歯科医師”の考え(pdf)
http://sa-dentalsociety.com/news/scaling%20una2012.9.pdf

▼AMERICAN VETERINARY DENTAL COLLEGE(AVDC)
『Companion Animal Dental Scaling Without Anesthesia』(pdf / English)
https://www.avdc.org/Dental_Scaling_Without_Anesthesia.pdf
“In the United States and Canada, only licensed veterinarians can practice veterinary medicine. Veterinary medicine includes veterinary surgery, medicine and dentistry. Anyone providing dental services other than a licensed veterinarian, or a supervised and trained veterinary technician, is practicing veterinary medicine without a license and shall be subject to criminal charges.”

動物に関するあれこれが立ち後れた日本と比較すること自体、間違っているのかも知れませんが、アメリカとカナダでは、獣医師の資格を持たない人が歯科処置を行ったり、監督下で訓練された動物看護士が獣医のライセンスのない施設で診療行為をすることは法律で禁じられ、罰則が科せられるそうです。
 
 
 
 

無麻酔の歯石取り

羽夢を喪うことになった事故は、この、無麻酔の歯石取りの施術中に起きました。わたしたち人間にはピンと来ませんよね、歯石取りで何故死んでしまうのかなんて。
 
 
無知なわたしは、疑いもしなかったのです。

まさか“歯医者さん”を謳っている人たちの大半が獣医師免許を持ってないなんて。

まさか“先生”と呼ばれている、「救命措置も、犬の口腔学も学んだドッグハイジニスト」と看板を掲げているその人が(ちなみにご存知かとは思いますが人間の“デンタルハイジニスト”は国家資格です)、たった数ヶ月の講習と実習しか受けていない、かかりつけの獣医さんいわく「素人さん」だったなんて。

そして今現在、獣医師免許以外の動物医療に関する国家資格はなく、専門的な知識が必要な看護師ですら「通信講座で半年で取得できる!認定証を発行!更新不要!」…というものがありました。

これまで独自の資格認定をしてきた団体のいくつかが、2011年に動物看護師統一認定機構を発足させ、2012年には初めての認定動物看護師試験が実施された。動物看護師の資格は、統一認定機構が実施する統一認定試験に一本化される動きが強まっており、認定動物看護師の登録者数は、2017年4月7日現在で17,489名。>> 参考リンク

本当に無知だと笑われるかもしれませんが、どうぶつたちを取り巻く医療環境がこんなに杜撰なものだということを、わたしはこの事故を通して初めて知りました。
 
 
羽夢が、原因を断定することはできないけど、恐らく口腔トラブルから体調不良になってるんじゃないのかな…毎日寝苦しそうで可哀相だな…薬も効いたり効かなくなったりだな…という状態になってから、このまま継続してかかりつけの獣医さんに通いつつも、何か他に症状を緩和したり、少しでも状況が良くなる方法、サプリメントはないだろうか…と思って色々調べたりしていたその時、真っ先に思い出したのが、この、無麻酔の歯石取り、犬専門の歯医者さんの存在でした。

いまさら後悔しても遅いのですが、本当に何の疑いもなく“犬の歯医者さん”(=医者と同格あるいはきちんとした専門知識と技術を習得している有資格者たち)と誤認していてリスクをまったく意識していなかったので、無麻酔の歯石取りの『リスク』について深く調べることもせず、それよりも、「羽夢には麻酔できない」「症状が改善するか分からないけど、もしかしたら良くなるかもしれない。なにか良い口腔ケアはないだろうか」ということばかりが頭にあって、“無麻酔による処置が本当に正しい処置なのか?”と疑問に思うことすらありませんでした。

ウチの子は全員スムースなのでトリミングの必要がなく、無麻酔の歯石取りがトリミングサロンなどでよく取り入れられていることも知りませんでした。

呼称は都度都度違うようですが、刷り込みのように“犬の歯石取り=犬の歯医者さん”と認識していたこともあり、人間の感覚では歯医者さん=医療を行なうのですから、当然、専門知識と資格を持った人なんだろうと思い込み、主治医に相談することもしませんでした。
 
 
施術の前日、羽夢を連れて、かかりつけの獣医さんのもとを訪れていたのに。
 
 
その時にも「もしかしたら治療をしてももう助からなかったのかもしれない…っていう重篤な病気だったならまだ諦めもつきそうですけど、歯の治療のために麻酔をしたら死んじゃった〜なんて悔やんでも悔やみきれないし、検査した方が良いのだろうけど、現状、抜歯した方が良いのかもしれないけど、麻酔リスクが高い以上、やっぱり麻酔が必須な処置は考えられないです。だから、歯が抜けて症状が治まればラッキーだと思って、しばらく症状を抑える薬を試しながら、歯が抜けても症状が良くならなかった時には、またその時改めて治療方針を相談させてください。」なんて話をしたばかりでした。

本当にバカだったと今でこそ思いますが、無麻酔の歯石取りに関するメリットばかりを謳った尤もらしいホームページや評判にまんまと乗せられて、無麻酔の歯石取りが重篤な事故を引き起こす可能性がある、危険な処置なんだという認識は皆無でした。

増して、表面的にきれいにするだけでは無意味なんだということも。

▼AMERICAN VETERINARY DENTAL COLLEGE(AVDC)
https://www.avdc.org/statements.html(English)
Professional dental scaling includes scaling the surfaces of the teeth both above and below the gingival margin (gum line), followed by dental polishing. The most critical part of a dental scaling procedure is scaling the tooth surfaces that are within the gingival pocket (the subgingival space between the gum and the root), where periodontal disease is active. Because the patient cooperates, dental scaling of human teeth performed by a professional trained in the procedures can be completed successfully without anesthesia. However, access to the subgingival area of every tooth is impossible in an unanesthetized canine or feline patient. Removal of dental tartar on the visible surfaces of the teeth has little effect on a pet’s health, and provides a false sense of accomplishment. The effect is purely cosmetic.

▼アメリカ獣医歯科学会
専門家によるスケーリングとは、歯肉縁の上下を問わず、ついた歯垢や歯石を除去し、歯面を研磨することです。スケーリングで必ずしなくてはならないことは、歯周疾患が活動的であるポケット内(歯肉と歯根の間の歯肉炎直下)の歯面をきれいにすることです。ヒトの場合は患者が協力するので、無麻酔でも口腔内の専門医である歯科医によるスケーリングが可能になるのです。しかし、無麻酔で、犬や猫の一本一本の歯の縁下部のスケーリングは不可能です。目で見える範囲の歯石を除去することは、動物の健康維持にはほとんど効果がなく、きれいにしたような感じがするだけです。単に見た目だけの効果しかありません。

無知が故、人間の歯石取りの延長くらいの、軽い気持ちもあったのだと思います。そして何より、羽夢がすこしでも元気になれる方法を一生懸命考えて探していて、それはわたしにとって(当事者の方には「一緒にするな!」と叱られるかも知れませんが)重病患者を抱える家族が、通常なら「うさんくさいなー」って見向きもしないような怪しげなサプリメントなんかに、藁にもすがる思いで飛びつく感覚と似ていたのかも知れません。
 
 
これまで、検索の仕方がリスクや事故を見据えてのものではなかったので、わたしはこれらの情報に辿り着くことができませんでしたが、『無麻酔歯石取り+事故』と検索ワードを変えたら、国内でも多くの獣医師が警鐘を鳴らしていましたので一部ご紹介しておきます。

▼「無麻酔での歯石取りはダメ?!」の現状(ナス動物病院・広島県安芸郡)
▼【コラム】無麻酔の歯石除去について(平井動物病院・東京都江戸川区)
▼ペットサロンでの無麻酔歯石除去について(森動物病院・三重県鈴鹿市)
▼む、む、無麻酔で歯石除去!?(フリッパー動物病院・神奈川県逗子市)
▼犬の歯磨きの必要性や頻度など、よくある質問や無麻酔の歯石取りについて【獣医師解説】(PETOKOTO)

 
 
 
 

事故の日

未だ眠ろうと目を閉じればあの日に抱いた力ない羽夢の感触が蘇り、思い出したくないことだらけなので、感情的な表現ばかりになってしまうかも知れませんがお許しください。
 
 
近しい人から、どうぶつの健康に考慮した食品を多く取り揃えている、自宅からも通いやすい場所にあるショップに「ここに無麻酔の歯石取りを専門にしている先生が来てるらしいよ。羽夢、連れてってみたら?」と勧められ、店頭にあったというチラシを受け取り、店舗に問い合わせを入れてみました。

「月に一度、専門の先生がお見えになって処置を行なっています」「だいたい、1頭につき1時間くらいお時間をみていただいて、取りきれないものは何度かに分けて通っていただいています」「暴れるとか、処置が難しい子はお断りしています」…というような説明をいただいたように記憶しています。

羽夢の状態を簡単に説明し「もう歯石取り云々という次元じゃないのかも知れないんですが、ダメ元で、診ていただくだけ診ていただいても良いですか?」とお願いして、予約を入れました。
 
 
施術当日、羽夢はいつもより元気で、わたしが出掛ける準備をしていることに気付くと「ボクも!ボクも行く!」と大はしゃぎで、チビチビの羽夢専用になっていたドッグスリングに自ら入り、まんまるな目をより一層まんまるにしながら、「早く!早くお外に行こう!」と何度もわたしを急かしていました。

本当に、元気だったのです。


 
 
ショップに到着して、問診票に連絡先と愛犬の状態や性格を記入した後、裏面の『同意書』への署名を求められました。

そこには「まれに重篤な症状が現われることがある」「チアノーゼを起こすことがある」などの文言が連なっていて、少し不審に思ったものの、人間の手術などの施術同意書にも同じような、いわゆる“施術を行なう側の万が一のための訴訟に備えた保険”のような記述があるものですし、実際に施術を行なう先生から詳しく聞こう…と思って、サインをしました。
 
 
店員に「先生」と呼ばれてバックヤードから姿を現した女性は、既に記憶が朧げですが、確か白衣のようなものを着ていたように思います。以降、わたしは彼女を「先生」だとは認識していませんので、Aさんと仮称します。
 
 
Aさんはとてもにこやかでどうぶつ好きな印象の女性で、自身が過去に行なった処置の写真などを見せながら「こんな風に抱きながら、わんちゃんを安心させながら、話しかけながら処置します」「裏面にちょっと怖いことが書いてありますが、思いつく限りの最も重篤な症状を並べただけで、今までにそんなことが起きたことは一度もありません」と、安全第一で無理な施術は行なわない旨の説明を受けました。

わたしは、羽夢の歯の状態を「麻酔リスクが非常に高いので、抜歯はできない。今は、投薬治療中だけど、すでにかなりグラグラの歯があって、これが根本の原因で今体調を崩してるんじゃないかと思っている。それも無理に触って抜くと出血によるトラブルが怖いので自然に抜けるのを待っている。歯石取りでもし少しでも状況が改善するなら…と思って連れて来た。」と簡単に説明した上、

「チワワの中でも特別小さい部類に入る子なので、特に扱いには注意して欲しい」「舌が上手に口に収まらない状態になっているのと、鼻が詰まっていて薬を飲ませてるので、それで(舌を喉に詰まらせたりして)苦しくなったりしないように。マズルも短いので気を付けて欲しい。」

など、思いつく限り絶対伝えておかなくてはいけない注意事項を口頭で伝え(後日、Aさんには「そんなの聞いてません」と言われましたが、言った言わないの話は不毛なので省きます)

「今日は、ダメ元で連れて来ています。先ずは口の中をご覧いただいて、もし安全に処置ができそうであれば、お願いできますか?この子が少しでもつらそうだったり、無理だと判断したら、何もしないでください。何もしなくても、お時間を頂戴した分はちゃんと代金をお支払いしますので。」

と念を押して、先ずは羽夢のおくちの中の状態を確認してもらうことになりました。
 
 
ここでまた、ひとつの後悔があります。
 
 
今まで、どこの獣医さんに罹っても、必ず診察室には同伴できました。過去の苦い経験から「もう二度と自分の目の届かない、与り知らないところでこの子たちを失うのは嫌だ」と強く思っていたわたしは、ペットホテルすら信用できないから利用しない、だから旅行には同伴するか行かないか長年の付き合いのある信頼できる身内に預けるか…という選択肢しかなかったくらい、殊、一緒に暮らす犬たちに関することには神経質になっていました。だから、

「では、ママは少しお待ちください」

と羽夢だけ連れて別室に移動しようとしたAさんに強い違和感を感じました。今は、あの時なぜ強引にでも「同席したいです」と言わなかったのか、「店舗側にも場所の確保の都合で客を入れられないとか、なにか色々事情があるのかも知れない」と、なぜ聞き分け良く違和感を封じたのかと、とてもとても後悔しています。
 
 
10分ほど店頭でAさんからの報告を待っていたところ、バックヤードから、羽夢を連れたAさんが

「取れそうですよ。グラグラの方じゃない歯で、これだけ取れました」

と、羽夢を抱きながらティッシュに包まれた歯石を持って、にこやかに戻って来ました。

「どうしますか?続けますか?」

と聞かれ、羽夢を見ると、ものすごいドヤ顔をしていました。「どう?ボクえらいでしょ。がんばったよ。褒めて。すごい?」そんな声が滲み出ているようなドヤ顔です。親バカだと自認してはいますが、自慢げな我が子を見てなんだか可笑しくなってしまい、

「それじゃあ、もう少しお願いできますか?飽く迄無理のない程度で、難しいと思ったら本当にそこまでで。」

とお願いしました。「はむ、えらいねー。もうちょっと良い子でがんばろうねー。」なんて声を掛けて。

がんばらなくても良かったのに。苦しかったなら、苦しいって暴れて良かったのに。

あの時、あのまま「えらかったね。がんばったね。もうこれでおしまいにしよう。」って連れて帰っていれば、羽夢は今でもわたしにくっついて、ふわふわのちいさなからだでわたしにたくさんの安らぎを与えてくれていたのだと思います。

それが、生きた羽夢との最期の対面になりました。
 
 
 
 

チアノーゼ

「では、たぶん一時間くらいになると思いますので、どこかでお待ちください。終わったら携帯にお電話しますので」と言われ、後ろ髪引かれつつ、やっぱりどうしても施術に同伴できない不安を払拭できないまま、わたしは、寒空の下、羽夢の他にもう1頭、一緒に連れて来ていた先住犬の麦(むぎ)と一緒に、店舗のすぐ傍の植え込みで一時間、時間を潰すことにしました。

店舗から徒歩数分の場所だったと思います。

前述の羽夢のやり取りの間もずっとキャリーに入りっぱなしでハァハァ犬と化していた麦の頭だけキャリーから出して「ごめんねー、暑かったね。ちょっとお散歩しようか?」と、ハーネスをつけて、店舗から連絡があったらすぐ対応できるようにとポケットから携帯を取り出してずっと手に持っていよう…とふと画面を見ると、着信のお知らせがありました。
 
 
虫の知らせなのか、とにかく嫌な予感がありました。
 
 
留守電があったので聞くと「羽夢ちゃんの様子がおかしいので…すぐに戻ってください…!」とAさんらしき女性の焦った声が入っていて、わたしは折り返しの電話を入れることなく、麦を抱いて急いで店舗に駆け出しました。

電話の着信は『16:41』、わたしが店舗を出て、およそ10分弱のことでした。

応答できなかったものの着信があってすぐにお知らせに気付いたので、店舗まで走って戻って促されるまま地下のバックヤードのような場所に通され羽夢に対面するまで、着信から恐らく数分。それでも、Aさんが羽夢の異常に気付いた時からの経過を考えたら、5分程度の時間がその時点で経過していました。
 
 
羽夢は、そんな姿は今まで一度も見せたことのない、舌をだらしなくぜんぶ口の端から出した状態で、その色は青黒く見たことのない色で、呼びかけても意識はなく、体はぐんにゃりと力なく弛緩していて、一目見て重篤な状態でした。

わたしが駆けつけた時、Aさんは「羽夢ちゃんが…突然…」と、そんな状態の羽夢を抱きながら慌てふためいていて、「何が起きてるんですか?応急処置は?何をしましたか?」と矢継ぎ早に聞くと「何もしてないです…突然おかしくなって…人工呼吸しましたが…」と言いました。

「他に(Aさんに)できることは?今の状態は?」と聞くと、「わからないです…獣医じゃないので…」とAさんはオロオロするばかりで、わたしはその時初めてAさんが“医者ではない”こと、ここには万が一の備えはなく、知識を持った人間も居ないのだということを悟りました。
 
 
わたしはAさんの言葉から(後に人工呼吸など施されていなかったことを知ることとなるのですが)、

到着までの間に最低限の心肺蘇生は行なっているはず…次にできることは?羽夢に既に意識はない。チアノーゼを起こしていて体も弛緩してる。心拍は、触れても微弱過ぎるのか止まってるのか素人のわたしには確認できない。このままじゃ絶対危ない。挿管できる獣医さんの元へ……でも、信頼できる主治医のところまではスムーズに車を飛ばしても10分。間に合わない!どうしたらいい?

…と、猛スピードでその場を離れてどこに移動すべきか、どうするのが最善なのかを考えていました。

そこへ、店舗スタッフの方が「ここから走って数分の場所に獣医さんがあります。電話で連絡したので、そこへ!」と駆け下りて来て、一緒にその、最寄りの獣医さんまで走りました。


 
 
特別に勉強をしたことのないド素人のわたしの持つ人間の“窒息死”に対する認識は、『呼吸困難→チアノーゼ、痙攣とか?→意識を失って筋肉が弛緩して仮死状態…が、およそ1〜2分くらいで起きて、呼吸が止まった後で心肺停止。いずれにしても、呼吸がない、心音がしない、と認識したらあとはもう時間との勝負で、脳は数分で死に始める。』という程度の人間に対するもので、それが、ヒトよりも小さな生き物に対しても同様なのか否かまでの知識はありません。(…ので、いま調べましたが、ヒトの情報しか見つからなかったのでヒトの情報をシェアします。)

気道閉塞等による酸素供給の遮断が完全に近い場合,多くの場合数分~10分で死に至る。これをとくに区別する場合は急性窒息という。
– 名古屋市立大学 大学院医学研究科・医学部 “法医学総論”ページ参照
急性窒息の症状・経過
1)無症状期
1 気道が閉塞されても体内に備蓄された酸素が利用できるため,しばらくの間はまったく無症状で経過する。
2 通常1分以内であるが,息こらえの訓練により延長させることが可能。
3 酸素分圧のごく低い気体を吸入した場合は経過が速く,無症状期はほとんどない。

2)呼吸困難期
1 呼吸困難は最初は深く速い努力性の呼吸(吸気性呼吸困難)であるが,その後呼気の延長をともなう,呼気性呼吸困難に移行する。
2 吸気性呼吸困難期には心拍数,血圧の上昇は必発で,チアノーゼがみられる。
3 呼気性呼吸困難期には脳血流におけるanoxia(*無酸素、酸素欠乏), hypercapnia(*循環血液中の二酸化炭素の濃度が異常に高い状態)により痙攣・徐脈傾向が出現しついには意識消失に至る。
4 2分~数分間。

3)無呼吸期
1 呼吸中枢のhypercapniaに対する反応が減弱し,呼吸数が徐々に減少する。
2 徐脈・血圧低下は著明となり,心室細動がみられる。
3 持続は2分程度で,この期に至る前に救命処置を施す必要があるとされる。

4)終末呼吸期
1 呼吸中枢は麻痺に向かい,深くゆっくりした呼吸が数回行われ,その間隔が長くなって呼吸停止に至る。
2 持続は1分程度だが,その後完全な心停止に至るまではなお数分ないし数十分を要する。

もしもの時のためのペット蘇生法…みたいな記事も気にして覚えてはいましたが、全然役に立ちませんでした。なぜなら「これで本当に合ってるの?わたしは正しく出来てるの?」という判断が、素人のわたしにはできなかったからです。こういうことは、実際に体で覚えて、感覚をわすれないように定期的に訓練しないといけないんだなと感じました。

それから、人間向けには消防庁が『応急手当WEB講座』を無料公開していたり救命講習があったりしますが、どうぶつ向けのそういった講座はほとんどないんだということを、意識して調べてみて初めて知りました。
 
 
 
 

心停止

診療台に羽夢を横たえ、そのすぐ傍で看護師さんが戸惑った様子で受話器を片手に誰かに電話しながら(後にドクターと判明)傍観している中、1分1秒の戦いだと認識していたわたしは、念のためかかりつけの獣医さんに電話をしました。

同伴してくれていた店舗スタッフさんに出来ることはなく、看護師さんもその調子なので、わたしが時間をつなぐしかないと思ったのです。

手短に「羽夢が恐らく心肺停止状態で、今すでに10分近く経過している。事故の起きた場所の最寄りの獣医さんに来たけど、ドクターの姿が見当たらない。今わたしにできることを教えてください」と伝え、店舗スタッフさんに携帯を代わりに持っていただいて(スピーカーに切り替えることをわすれるくらいには動揺していました)、教えられた通り……上手くできていたのか、ちゃんと正しくできていたのか、素人のわたしには分かりませんが、とにかく指示された通り、心臓マッサージと人工呼吸を繰り返しました。

駆け込んだ獣医科医院のドクターは、まだ来ません。看護師さんがもうひとりやって来ましたが、羽夢の体を何となく触ってはいるものの代わりに心肺蘇生をしてくれる訳でもなく、何か積極的に処置してくれているようには到底見えず、ただただ、時間だけが過ぎて行きました。
 
 
 
時計を見ると、17時になろうとしていました。異変の電話を受信してから、およそ20分が経過していました。

途中、看護師さんに「挿管できないんですか?」と訪ねましたが「わたしにはできません…先生じゃないと…」と言われ、わたしだけが素人の心肺蘇生を繰り返しながら、何度も何度も、羽夢の名前を叫びながら、ただひたすら、挿管できるドクターの到着を待っていました。

ですが、受話器を片手に持ったもう一人の看護師からようやく伝えられたのは「先生、体調が良くなくて来られないそうです。時間も経ってるし、もう助からないと…。代わりますか?」という言葉でした。
 
 
わたしがこの手を止めたら、心停止を知らせるアラームが鳴ります。
 
 
「どうしても来ていただけないんでしょうか?診療代ならいくらでもお支払いします。どなたか来ていただける先生はいないんでしょうか?」
「はい……体調が優れれないそうで……説明が必要なら代わると言ってますが」
「わかりました。代わらなくて結構です…ありがとうございました。」

そんなやり取りをしたような気がします。
 
 
どうやって受け入れたらいいのか、混乱していました。

冷静に考えたら、既に20分もの間、脳に酸素が行っていない状態なのです。もし奇跡的に一命を取り留めても、何らか大きな障害が残るであろうことは想像できました。それでも、生きていて欲しかった。もしあの場で足下を見たブラックジャックみたいな獣医師が颯爽と現れて「じゃあ、500万払えば挿管します。必ず助けます。」と言ってくれたら、わたしはきっと払いました。生きて欲しかった。ただ、生きて欲しかった。今までみたいにケロッとした顔で「どうしたの?もう平気だよ?」ってわたしを見上げて欲しかった。

もう二度と、わたしの与り知らないところでこの子たちを失うことなんて、あってはいけない。わたしたちよりずっと駆け足で一生を終えると知っていても、その時がきっともうすぐ近くに来ていると覚悟を始めていても、この子たちはわたしの腕の中で天寿をまっとうするんだと、強く強く思って来たのに。こんな死に方は、違う。
 
 
何かをしているようで何もしていなかった、後からやって来た看護師さんが「どうされますか?このままマッサージを続けるのも可哀相…」と言いました。わたしは再度かかりつけの獣医さんに電話を入れ、状況を端的に説明し「もう、何もできることはないんでしょうか?」と聞きました。

「もう、20分以上経過してますよね…。残念ですが、もしもウチに来ることができていたとしても、今からできることはもう何もないです…残念ですが…。」
 
 
わたしがこの手を止めたら、心停止を知らせるアラームが鳴ります。
 
 
目を開いたまま動かない羽夢が「もう助からない」「死にました」という事実を、わたしがこの手を止めることで作ります。
 
 
なんで?
どうしてこんなことになってるの?
羽夢は死んじゃうの?
なんで?
なんで?
なんで?
帰って来て。
さっきまであんなに元気だったのに。
あんなに生意気にドヤ顔してたのに。
なんで?
なんで?
なんで羽夢が死ななきゃいけないの?

連れて来なければ良かった。
一体何が起きてるの?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
 
 
わたしがこの手を止めたら、心停止を知らせるアラームが鳴ります。
 
 
頭の中で、それでも諦めきれない自分と戦いながら、少し困った様子の看護師さんたちに、“身を切るような…って、こういうことを言うんだなぁ”とぼんやり思いながら、

「ありがとうございました。時間もだいぶ経ってしまってますし、ドクターが来られないなら、これ以上できることは何もありません。連れて帰ります。」

というようなことを伝えたような気がします。あまり覚えていません。

心停止を知らせるアラームが鳴っていました。

「最初に見た時、既に死んでいた」ようなことを言われました。看護師さんは最初から、もう助からない、手の施しようがないと思っていたから、何もしてくれなかったのかも知れません。分かりません。

詳しい状況をわたし自身がよくわかっていなくて、ちゃんと伝えることもできていなかったのに、どうしてパっと見ただけでそう判断したのか、少なくともわたしよりは心臓マッサージも人工呼吸も正しくできる知識を持ってるんじゃないのかな…と、今思い返しても釈然としませんが、その病院を責める気もありません。診療代を支払おうと値段を聞いたら「いただけません」と言われ、懇意にしていて親切だという動物霊園を紹介してくれました。
 
 
付き添ってくれていた店舗スタッフさんに「代金とか諸々、後日でも良いですか。今日は早く帰ってこの子の傍に居たいので…。それから、今は冷静にAさんとお話しできないと思うので。」と伝えると「もちろんです。代金もいりません。後日落ち着いたらご連絡ください。」と言われ、まだすこし温もりのある羽夢を、スリングの中に入れていた毛布に包んで抱きながら、そんな日に限ってタクシーも捕まらず、家まで歩いて帰りました。

何度も「はむ?起きて?」と呼びかけながら。

帰宅するまでの間に硬直が始まってしまい、羽夢の目をちゃんと閉じてあげることができませんでした。

まるでこれから眠りに落ちて行くかのような、やさしい、やさしい死顔でした。
 
 
 
 

事故だったのか、内因性急性死だったのか

帰宅して、「おかえり!」とはしゃぐ末っ子の笑呼(にこ)と、キャリーバッグから出られて笑呼と戯れる麦を傍目に、動かなくなった羽夢をそっと、一日の大半を羽夢と一緒に過ごした自分のデスクの椅子に横たえたら、堰を切ったように涙が溢れて吐くほど泣きました。

ほんの数時間前までは他の子たちと一緒にくっついたり戯れたりしていたのに、あんなに元気だったのに、わたしのせいで死んでしまった、何もしてやれなかった、殺してしまった、と、原因が分からないままのモヤモヤを抱えながら、出掛けなければ良かった、いつものように家の中で一緒にいれば良かったと、後悔にまみれて泣きました。

 
しばらく経って、かかりつけの獣医さんから、主治医が心配して電話をくれました。心肺蘇生を教えてくれていたのは主治医ではなく、かかりつけの獣医科医院に勤める他のドクターだったからです。

密室でのことです。何が起きたのか、事故だったのか、内因死だったのか、わたしには原因がさっぱり分かりませんでした。

服用していた薬は炎症を鎮めるためのもので、何か発作が起きたりするような副作用のあるものではなかったはずです。薬を服用する以前も後も、羽夢が何かしらの発作を起こしたこともありませんでした。前日に獣医さんの元を訪れた際にも特に異常はなく、つい数時間前まではとても元気だったのです。
 
 
「先生もご存知の通り、歯のことで悩んでいたので、もし今の症状が歯が根本の原因で、すこしでも良くなってくれるなら…と思って、前から気になっていた“無麻酔の歯石取り”という施術に行って来たんです。」と、その日にあったことを時系列で主治医に伝え、「先生は何が原因だと思いますか…?なんで羽夢は死んじゃったんでしょうか…?」と聞くと、

「うーん…。実は、無麻酔下の歯石取りって最近よく聞きますけど、とても危険な処置なんですよ。獣医学会でもすごく問題になってるんです。

確かに、麻酔しなくて良いなら、それでちゃんと処置ができるなら、それはとっても助かるし、どうぶつさんにとっても負担が少なく済みますよね。

でも、例えば羽夢くんの場合、極端に体が小さいから、ウチで爪切りやお注射なんかの処置をする時にも看護師たちは細心の注意をはらって行なってますし、ちょっと押さえどころが悪ければ、本当にあっという間に窒息しちゃうんですよ。

知識のない人なら、例えば仰向けにして気道閉塞させてしまってても気付かないで、そのまま死んじゃったりすることもあるし。

大人しくできない子の場合にも、押さえ付けて窒息なんてこともあるし、動いた拍子に歯石取りに使う道具(スケラーなどの鋭利な道具)で怪我をさせてしまうこともあるし、取った歯石がぽろっと口の中に落ちてしまって、それが気道に入って窒息…とか、とにかく色々な危険な事故があるんです。

場合によっては、その場に獣医師免許を持った人間が居たとしても、どうしようもないくらいの事故が起こることもある。

麻酔して処置するのにはちゃんとそれなりに理由があって、もちろん麻酔下では気道の確保とかもちゃんとしますし、安全に処置するために麻酔をするんですよ。

その、処置をした人は、なんで羽夢くんが死んじゃったのか分からないと言ってるんですか?

うーん…。僕は納得行かないな。すごくモヤモヤします。今までずっとがんばって来たのに、許せないっていうか…その人には、もう二度と処置を行なって欲しくない。」

(※記憶の書き起こしなので、以上の主治医の言葉は要約だと思ってください。)

と仰いました。静かに、静かに怒っていました。
 
 
「先生に、冗談で言ったつもりだったのに、本当に歯のことなんかで死んじゃうなんて…。お会いした時に、聞けば良かったです。なんで聞かなかったんだろう…。もっと早く知っていれば、絶対に連れて行かなかった。じゃあ、羽夢は、施術中の窒息死の可能性が高いってことですね?」

「おそらくは。処置の最中に押さえちゃダメなところを押さえてて窒息させたか、舌が詰まったりするような体勢で処置を行なって窒息させたか…だと思います。」
 
 
先生が代わりに怒ってくださったお陰で、自分を責める気持ちは変わらずとも、すこしだけ冷静に状況を見渡せるようになって行きました。

本当に短い時間でふっとブラックアウトして、苦しむことなく意識を失ってしまって窒息…という亡くなり方をしている可能性もあるということが、苦しまずに逝った可能性が高いということだけが、唯一の救いでした。

 
続いて、店舗から電話がありました。知らなかったのですが、伺ったショップは都内に何店舗かを構えているらしく、その、エリアマネージャーという男性からでした。

低姿勢でしたが、謝罪はなかったと記憶しています。Aさんと店舗と、何があったのかをきちんと話したい、説明したい…という内容だったと思います。「付き添ってくださった店員さんにも申し上げたんですが、今は冷静にAさんとお話しできないと思うので、少しお時間をいただけますか。また改めてご連絡しますので。」とお伝えしました。

本当に、すこしでも冷静に思考できる状態で会わなければ、無意味だと思ったのです。それまでに調べたいこともありました。

でも、何よりも、その時はただ、体を持った羽夢と居られる最期の短い時間を、邪魔されたくなくて。早々に話を切り上げて、通話を終了しました。
 
 
 
 

はむがいない

眠るのがもったいなくて、「寝るよー」と声を掛ければ、真っ先にわたしの首や胸に飛び込んで来た羽夢はもう動かなくて、一晩中、羽夢の傍でいつものように「ママは羽夢がだーいすきだよ。あいしてるよ。」と、すっかり冷たく、硬くなってしまったちいさな体を撫でながら呪文のように繰り返して泣きました。その度に甘えて来た、このちいさな体が動くことはなく、これからは触れることもできなくなるのだと思うと悲しくて、悲しくて寂しくて、そして、悔しかった。

はむ、本当に苦しくなかった?

人から悪意を向けられたことのない子だったので人を疑うことを知らず、誰にでも「かわいいね」って褒めてもらえると勘違いしていて。だからきっといつものように、Aさんにも安心してその身を預けていたのだと思うと、悔しくて。最後に見た生意気なドヤ顔を思い出すと、悲しくて悔しくて。守ってあげられなかった。助けてあげられなかった。

死んでしまったことを、一番「なんで?」って思っているのは、わたしより羽夢の方かも知れません。

 
羽夢と最期のおわかれをした日、東京には珍しく大雪が降りました。尖った空気を持った、足跡ひとつない一面真っ白な世界は、一時的にでも汚れたものをすべて覆ってくれているようで、積雪に慣れていないわたしには神々しくすらありました。

お寺の石畳も、墓場に供えられたお花も雪化粧で美しく、「こんなに雪が降ってるよ?お出掛けしないで、もうちょっと一緒に居よう」って羽夢が駄々をこねてる風にも、「きれいなものを見せてあげるから、ママ元気出して?」って羽夢が魔法をかけてくれている風にも思えて。

バカらしいと鼻で笑われるかも知れませんが、そんな風に今までもずっと、羽夢は不思議な引きを持った子だったので、最期まで…という思いでした。

羽夢の火葬を終えた後のことを、あまり思い出すことができません。なぜなら、その後、20年近い久方振りに40度の高熱を出して倒れてしまったからです。それすらも「ママは考え過ぎるから、あんまり考えないで、すこし寝てて」と羽夢に言われているようでした。
 
 
 
 

弁護士の見解

解熱後、最初にしたのは、動物関連の訴訟に詳しい弁護士に問い合わせることでした。

店舗や施術者と争うつもりはありませんでしたが、その時点でも(それぞれからお花は届いていましたが)どちらからも謝罪はなく、もし、せめて「落ち度はなかったはずですが、原因究明したいと思います。申し訳ございませんでした。」というような誠意あるひと言をいただけていたら、ここまでモヤモヤを抱えることも、念入りに弁護士に相談することもしなかったと思います。

弁護士には主治医に伝えたのと同様の経緯と、加えて、施術前に同意書への署名を行なった旨などを伝え、「現時点では訴訟を起こすつもりはないけど、相手の出方によってはそうなる可能性もゼロではない。本件を客観的に見た時、相手に落ち度はあるか否か」などを確認しました。

結論から言えば、「相手方に責任がある可能性が極めて高い」「歯石取りについて(弁護士側の獣医師にも確認したが)すくなくとも危険な行為である可能性が高い」「署名を行なった書面に効力はない」ということでした。

あとは、わたしが何を訴えたいのかによる…というお話しでしたので、弁護士への確認は取り急ぎそこまでとしました。
 
 
 
 

話し合いの準備

弁護士への相談後、主治医に連絡し、無理を承知で「ほとんど話してませんが、事故当日のあの慌て方や、本当にまるで何も分かっていない様子から、施術者であるAさんとお会いして話したところで“何があったか分かりません”で終わってしまうことは明確なので、なんとか話し合いの席に同席していただけないか」とお願いをしました。

獣医師という立場から、Aさんの話をすべて聞いた上で死因を推測して欲しい、というお願いです。

主治医は「僕はどうしたって羽夢くん寄りになってしまうし、冷静に判断できる自信がないです」と仰っていましたが、羽夢の体をよく知っている、11年間お世話になり続けた主治医の先生だからこそ、あの日、あの10分間で、羽夢の体に起こりえた内因的なことまで推測することができると判断しての、敢えてのお願いでした。

「Aさんの話を一通り聞いても、やっぱり死因が施術方法が原因の窒息しかあり得ないのであれば、それは、羽夢以外の子でも起こりえた事故だってことですよね?このまま黙っていたら、また同じ事故がどこかで普通に起きる可能性があるってことですよね?」
 
 
わたしだって、いま、好んで発信している訳ではないんです。静かに羽夢の死を悼み、すこしずつ時間をかけて受け入れて行く選択の方が良いに決まっています。発信を行なえば、さまざまな人の目に触れることになれば、それぞれに受け取り方があって、いろんな人がいて、冒頭のような心ない声がどうしたって届く。それが発信するというリスク。それで傷付かないはずはないし、自分の至らなさをわざわざ晒して楽しいはずもありません。

それでも。
 
 
「先生から“窒息の可能性が高い”という話を聞いて以降、迷っていたものの、もしAさんの話を聞いて、その上でもやはり内因的な理由ではなく、施術による事故だった可能性が極めて高いのであれば、それは、被害に遭った人間が発信しない限り、施術を行なう側から積極的に発信される内容ではないと思うんです。だからこそ、わたしのように無知な人のためになんらかのかたちで情報を発信しなければならないと感じています。悲しい事故が、もう二度と起きないように。

普通に暮らしている会社員よりは多分、ほんのすこしだけ発信力のある仕事、発信力のある人たちに囲まれているからこそ。

そのためには、素人ではなく、知識のあるプロの視点がどうしても必要です。」
 
 
先生には、そんなことをお伝えしたと思います。
 

「わかりました。できるだけフラットに状況判断できるように努めます。だから、もしかしたら(Aさんの話を聞いて)事故ではなかったと結論付ける可能性もありますが、良いですか?」

「もちろんです。公正にご判断ください。わたしは、あの10分間で何が起きたのか、その真実が知りたいんです。」
 
 
先生は、話し合いへの同席を引き受けてくださいました。
 
 
また、念のためですが、Aさんには当日実際に使用した道具(スケラーなど一式)もご持参いただくようお願いすることにして、それらの道具を別の職業で専門に扱うプロにも同席してもらうことになりました。

一通りの準備を終えて、店舗側に連絡を入れました。

先方には保身のための嘘を交えず真実をすべて正直に話してもらえるように、変な警戒心を抱かせないように、わたしが諸々の備えを行なっていたことも、事故である可能性が充分にあると思っていることも伏せ、

「あの日、何が起きたのかをきちんと知りたいんです。Aさんのあの日の様子を思い出す限り、専門的な見解が得られるとは思えないので、獣医師同席でお話を伺っても良いですか?羽夢をずっと診てくださっていた先生なので、羽夢の体のことをよくご存知です。もしそれに不公平を感じるのであれば、そちらでもどなたか信頼できる獣医師を立てていただいて、もちろん構いません。」

とお伝えし、話し合いの日時が決まりました。
 
 
 
 

密室での10分間

その日も、雪の予報の寒い日でした。

かかりつけの獣医さんが診療を終えて、患者さんへの検査結果などを電話で伝え終わる頃を見計らった時間帯に集まることになっていました。

先方からは、店舗運営会社の統括マネージャーとエリア担当者、そして施術者のAさんがいらしていました。
 
 
Aさんの人格まで否定するのは違うと思うのでそこは腹に収めますが、Aさんは「私は」「私だって」という感情的なお話しばかりで話し合いはまるで的を得ず、冷静に冷静に話を聞こうと自分に強く言い聞かせて臨んだのですが、少しずつイライラが溜まって行くのを感じていました。

できるだけ相手の自由に喋ってもらうことで、嘘のないまっさらな話が聞けると思っていたので、極力口を挟まないつもりだったのですが、一向に肝心なことが分からないので、ある程度こちらが誘導するかたちで、当日のことを時系列順に振り返って行きました。
 
 
前述していますが、そこでまず、わたしがAさんにお伝えしていた「羽夢の身体的な注意点」について、Aさんは

えっ、そんなこと言いました?わたし聞いてません」「羽夢ちゃんはこっちの歯がぐらぐらで、獣医さんには出血トラブルが怖いから無理に触って抜かないようにって言われてる〜って聞いて、そっちは触らないように〜って気を付けてました」

…という認識だったことが分かり、そして、その次に続いた言葉を聞いた瞬間、わたしはあまりの怒りに震えました。
 
 
「普通に、ゆっくりゆっくり、羽夢ちゃ〜ん、良い子だね〜って話し掛けながら続けてたら、なんかちょっと、羽夢ちゃんの歯茎の色が変だなって気付いて。さっきと違うなって。ちょっと紫っていうか…。それで、羽夢ちゃ〜ん?って見たら様子がおかしくて、それで、店舗スタッフさんが店頭にいると思ったから大きな声で呼んだんです。」

「その時、人工呼吸をしたって仰ってましたよね?

「あ、いえ、してないです。人工呼吸をしようと思って羽夢ちゃんのおくちに顔を近づけたら、ちいさく、ふぅって息が返って来たので、人工呼吸の必要ないじゃないですか。息してるんですから。それで、羽夢ちゃ〜ん、すぐにママ来るからね〜って、羽夢ちゃんに話し掛けながらこうやって抱っこして、羽夢ちゃ〜ん羽夢ちゃ〜んって、ママが来るのを待ってたんです。」
 
 
羽夢の、ちいさなちいさな肺に残っていた、最後のちいさな一息が、Aさんに向かって力なく吐き出された姿が眼裏に浮かびました。

素人目に見ても異常な状態だった羽夢を念入りに確認することもなく、一刻を争う状況下で重篤ではないと誤認し、この人は、既に意識を失って弛緩していた羽夢を呑気に抱いて話しかけて揺らしていただけだったのです。

「救命措置も、犬の口腔学も学んだドッグハイジニスト」が持つ知識は、そういうものでした。
 
 
そして、それはつまり、あの日、駆けつけたわたしが最寄りの獣医科医院に駆け込み、素人ながら施した心肺蘇生以外、誰も、誰ひとり、積極的に羽夢の命をつなげてくださろうとはしなかったということ。わたし以外の誰からも、羽夢は何もしてもらえずに死んで行ったということでした。

Aさんが「しようと思ってやめた」ではなく、本当に心肺蘇生を行なってくれていたら、羽夢は、もしかしたら死なずに済んだのかもしれない。

本当に、本当に悔しくて、涙が出ました。

 
「救命措置を勉強なさってたんですよね?あの姿を見て、それでどうして人工呼吸の必要がないなんて思えたんですか?ちいさく返ったその一息が、あの子の肺に残った最期の一息だったって、どうして思わなかったんですか?呑気に抱いて待ってた?ふざけるのもいい加減にしてよ!」

「いえ、だって、羽夢ちゃん元々、ベロが出てる子だったじゃないですか…
 
 
あまりの言い分に一瞬言葉を失いました。

……チアノーゼを確認していて、意識もない、完全に筋肉が弛緩して口の端からだらしなく舌をすべて出し切っている状態のあの子を、「ベロが出てる子だった」?

息をしているか、心臓が動いているかいないかは、体に触れればその動きから素人なりに判断できます。当日、わたしはそれが“微弱過ぎるのか既に止まっているのか、確認できなかった”のです。そんな状態だったのに。
 
 
あの姿を見て、その体を抱いていたのに、その程度の認識だった、それほどの無知だった。
 
 
その上、あろうことか、「ママ(=わたし)もあの時、すごく動揺して慌ててたから(当時の状況は)ちょっと曖昧ですよね?ね?」と、わたしに意味のわからない同意を求めて来たのです。

確かに突然のことで理由もわからず、だから動揺していたし、羽夢を一目見て命の危険があると感じたから慌ててはいました。でも、その場に頼れる人が居ないと分かってからは、わたしの判断が羽夢の生死を分けると理解したので、心はともかく頭の方は冷静でした。なにがなんでも冷静に、素人でも出来る限り、分かる限りの最大限で、正しい判断しなければいけない状況だったからです。
 
 
「……今日は冷静に話を聞くつもりでここに来ました。でも、我慢にも限界があります。あなたたち、今まで一度も謝ってませんよね?それは、あなたたちには一切の落ち度がなかったと思ってるからでしょう?ウチの子が何か疾患を持ってたとか、ウチの子のせいだって思ってるんですよね?だから謝らないんですよね?

店舗さんも、こんなお粗末な判断しかできない施術者って知ってて採用なさってたんですか?

知らなかったのは完全にわたしの無知でわたしの落ち度ですけど、羽夢が死んでから、無麻酔下の歯石取りっていう施術が実はとても危険なものだって知りました。店舗さんはそれをご存知でサービスとして取り入れてたんですか?危険だと知っていて、万が一の備えも充分にせずに広告を出してたんですか?

警戒されて本当のことをすべてお話しいただけないかも知れないと思ったから黙ってましたけど、今回のことは既に弁護士にも相談してます。弁護士も「危険な処置だった可能性が極めて高い」って見解でしたよ。

あの日、すぐにスタッフさんが最寄りの獣医さんに連絡を入れてくださって、駆け込むことができました。でも、結局ドクターは来なかったんです。10分以上待たされて、体調不良だから行けないって。そこに居た看護師さんたちも、何かしてるようで何もしてくれてませんでした。わたしだけが、素人なりに必死であの子の命をつなごうと、心肺蘇生をしてたんです。

今、Aさんのお話を聞いて、あの日、本当に誰も、何もしてくれなかったんだって知りました。それから、帰り際に看護師さんに言われましたよ、到着時にはもう心肺停止状態だった、って。看護師さんたちにできることは、あの時、もう何もなかったのかも知れないですね。獣医さんや看護師さんを責める気はありません。運が悪かったんです。

でも、店舗さんなりAさんが、危険をちゃんと認識した上で、何かしらの対策を行なって、それで施術を行なってたなら、Aさんに知識がなくて適切な処置が行なえなかったとしても、体調を崩した獣医さんの他にも頼れるドクターが居たかもしれない。

そういう状態だったんです。駆け込む前も駆け込んだ後も、羽夢の状態は同じでした。それはつまり、わたしが知らせを受けて店舗に戻った時、既に羽夢は心肺停止の状態だったってことですよ。

なのにあなたは呑気に羽夢を抱いてただけ。あんなに力なく弛緩して、意識を失ってる子を!

確かに羽夢は、舌が出っぱなしの子ですね。でも、あの姿を見て異常を感じない方が異常です。あの状態で大丈夫だと思った?抱っこして待ってた?一体なにを見てたんですか?なにを勉強したんですか?

わたしが飼い主だから異常だと判断できたのか、誰が見ても異常だったのかは、獣医さんに同伴したスタッフの方に聞いてみてください。あの姿を見て異常だと分からないような人に、生体を扱って欲しくない!」

同伴した店舗スタッフさんがきちんと伝達していなかったのか、スタッフさん自身が状況の把握をしていなかったのか、その場にいた先方の三人は「そんなことになっていたなんて…知らなくて…」と、小さく言いました。

感情的に声を荒げてしまいましたが、まだ「事故だった」という認識は先方にはなく、そこでも謝罪はありませんでした。

 
Aさんに持参してもらった道具も見せていただきました。

素人のわたしにはまったく分かりませんでしたが、見てもらったプロはAさんに、

「これが実際に当日使ったものなんですよね?ちゃんと手入れしてます?」

「してます」

「…本気で言ってます?本気で言ってるなら、あなた本当の素人ですよ。これ、刃がついてないじゃないですか。こんなもので施術してたなら、犬の負担は相当ですよ。切れない包丁で肉切ってるようなもんですよ?道具のこともよく知らないで、それでよくプロを名乗れますね。」

「え、そんなはずないです!じゃあ、こっちも見てください!」

「…羽夢に使ったのはこっちなんですよね?それに一目見ただけでも、そっちの道具もプロが使うもんじゃないですよ。」

と言っていました。つまり、そういうことだったんです。
 
 
 
 

それぞれの言い分

当日のことが、少しずつ見えて来ました。

施術者であるAさんは、三ヶ月程通った後で認定証?のようなものをもらえる有名なスクール出身で、それだけでは不安だからと、そのスクール?の先生?に当たる方のもとで、トータル半年ほど「修行しました」と仰っていました。

口腔学や救命措置を学んだのもそこのようです。

[補足]後日、愛犬家の友人がすぐさまそのスクールを特定して「多分ココのことだよ」と教えてくれたので確認しましたが、Aさんの“先生”は獣医師免許をお持ちの方ではありませんでした。現行の日本の動物医療の現状を鑑みたら決して否定はしませんが、無麻酔の歯石除去以外にもいわゆる民間療法の『プロを育成、開業を視野に入れて云々…』というスクールのようでした。無麻酔の歯石除去の“プロ”を育成するというコースの受講料は100万以上しました。また、今回の事故のこともAさんが“先生”に相談したからか、既にそのスクールの卒業生たちの耳に届いていたそうで、「怖いねぇ」と言っていた…と聞きました。その程度の認識なんだ…と愕然としました。

今まで施術を行なって来て危険を感じたことはなく、事故当日もいつも通り施術をしていて、羽夢の異変(=歯茎の色が違う、チアノーゼ)に気付き、でも大丈夫だと判断したのでわたしの到着を待っていた。

施術は、膝を伸ばした状態で床に座り、その太ももの上に羽夢を仰向けに乗せて行っていて、羽夢はとても良い子でおとなしくされるがままだったので、強く押さえたりするようなことはしていない。

犬には短頭種などのように気道確保に気をつけなければならない犬種があることなども学んで知っていた。

でも、わたしが当日、施術の前に「苦しくならないように…」などとAさんに伝えた羽夢の身体的な注意点に関しては「聞いてない」(推測ですが、グラグラの歯は触っちゃダメ…というような、直接施術に関連するとAさんがその時パっと判断したこと以外は流し聞きだったのかなと感じています)。

それまで感じていた人柄から、相手を騙そうと故意に上手な嘘が吐けるタイプの方にも思えなかったので、保身のきらいはありますが、自分が原因の事故ではないと信じている彼女の説明は、とりあえずそのまま受け取って良いと判断しました。

それは、羽夢が嫌がって暴れたりしたのを無理に押さえつけて起きた事故などではなく、本当に、彼女にはまったく心当たりがない、何故死んでしまったのか本当に分からない、ということでした。

[補足]後述しますがこの文章を書いている今現在は、彼女が保身のために平然と嘘を吐く人だということがわかってしまったので、当時から彼女にとって無知なりに「こうしたせいかもしれない…」という心当たりがあってそれを故意に隠した可能性も否めませんし、本当に彼女の話したすべてが真実なのか否か、密室での出来事なのでわかりません。
 
 
店舗側は、マネージャーだという女性がわたしと同じような悩みを持っていて、「麻酔で亡くなった子も知っていますし、完璧なハミガキを行なえなかった飼い主の責任だと分かっていても、老齢だし内臓の数値も悪くて麻酔はしたくないし、なんとかできないかと思っていた」時に、愛犬家仲間から話を聞いていた“無麻酔の歯石取り”に興味を持った。

危険があることは認識していた(後に主治医から「認識とは言っても、暴れたらスケラーで怪我しちゃう…とか、その程度の認識のようでした」と伺いましたが)けど、トリミングに来るお客様からの要望も多く、有名な先生のところ出身だと紹介されたAさんと知り合い、自分の愛犬をAさんに施術してもらって、実際にその様子を見て「この人なら大丈夫」と思ったので店舗で定期的に施術を行なってもらうようになった。

Aさんはどうぶつ好きで、お客様の子にもたくさん話しかけながら丁寧な施術を行なうと好評だった。

地下のバックヤードを利用していたのは、なるべく静かで人が来ない落ち着いた場所の方が施術を受ける犬のストレス負荷が少ないという判断だった。同伴できないことを不安に思うお客様がいるかもしれないという配慮に欠けていたと今は思う。

今日、ここに来るまで、Aさんと、病院に同行してくださった店舗スタッフさんの話しか聞いておらず、状況がまるで飲み込めていなかった。(後に知るのですが、Aさんは本当に事の重大さを認識しておらず、報告もユルいもので、逆に店舗スタッフさんは「もうウチでAさんの施術はしたくない!対応も酷いし、怖いです!」と訴えていたそうです。そのあまりの温度差に、経営陣は首をひねっていたとのことでした。)

という話でした。
 
 
それぞれの言い分を一通り聞き終えた主治医が、それぞれを個別に呼んで見解を伝えることになりました。

Aさんの話は終始「羽夢ちゃ〜ん羽夢ちゃ〜んって呼んで、それで、羽夢ちゃん、とっても良い子でね〜すごくちっちゃくて、それで、私のことを〜〜云々」とかいう余談や「私だって〜〜だったんです!」という言い訳ばかりで余程強く誘導しなければ肝心なことを全然話してくださらず、同席した主治医も困惑気味だったので、それぞれから状況を個別に聞くという意味合いも含まれていました。

…どんなに苛立っていても、落ち込んでいても、このダメダメな顔のちっちゃい男の子を抱きしめると、ふっと笑顔が漏れて「まあいっか」「なんとかなるよね」と思えたのに、その日、わたしの手にあったのは、羽夢の遺影だけでした。
 
 
 
 

獣医師の見解

店舗さん、Aさんと順に呼ばれて、それぞれ先生と話し終えて診療室から出て来る時には青ざめていたように見えました。わたしが呼ばれて中に入ると、先生は

「やっぱり、施術中の窒息死ですね。」

と仰いました。
 
 
施術は常に犬を仰向けにして行なわれていて、その体勢のせいで羽夢は窒息してしまったのだけど、Aさんには知識がなく、窒息させてしまっていることに気付けなかった。

歯茎のチアノーゼに気付いたのに、意識消失をして仮死状態であることに気付けなかったAさんの無知。そこで的確な判断と処置を行なえなかったことは「仕方ないですよね…素人さんですから…」と、先生もAさんの一通りの話を聞いて、あまりの無知さに困惑している様子でした。
 
 
「羽夢自身の体に何か異常があったから、とか、そういう理由ではなさそうなんですか?」

「はい。窒息以外、考えられません。仰向けで固定されて、苦しくなっちゃったんだと思います。」
 
 
こちらが注意しなくても、生体を扱う上で知識としてあって当たり前の範疇のこととは言え、あんなに、あんなに「苦しくならないように気を付けて」と、事前に注意したのに…!それが大切な伝達事項なのだと気付くことすらできないほど、だから聞き流して忘れてしまうほど、Aさんは無知だったということでした。


 

運が悪かった、と言われたら、そうなのかも知れません。施術を受けた全員がかならず窒息する訳ではないですし、羽夢だって、お試し施術中の10分くらいは、おそらく同じような体勢で普通に施術を受けていた。

事故時はたまたま体勢が悪くて、もしかしたら、たまたま添えた手の位置が悪くて、たまたま窒息してしまって、たまたま知識のない施術者で、たまたま駆け込んだ獣医科医院のドクターは体調不良で、たまたまそこでできる最善を積極的に提案してくださる看護師さんがいる病院ではなくて、たまたま死んでしまったと。

でもそれは、本来、獣医師であればその姿勢で施術することが危険だと判断できるもので、日本獣医学会や日本小動物歯科研究会は「危険行為だ」と見解を示していて、更に獣医師免許を持たない術者による口腔内の施術、無麻酔下の歯石除去は基本的に違法行為(*)なのに、それを授業?で教えている人、場所があって、更にそこでは認定証のようなものを発行していて利益を生んでいて、それを持った施術者は「先生」と呼ばれたりしていてさらに利益を生んでいて、店舗にも危機感がなく万が一の際に連携できる獣医科医院を一ヶ所しか確保していなくて、そしてなによりわたしが『無麻酔下の歯石取りは危険な行為』だということを知らなかった。

運が悪かったのではなく、すべて、それぞれが正しい知識を持っていたら防げた、あるいは救うことができた事故だったのだと、わたしは認識しました。

(*) 農林水産省 消費・安全局畜水産安全管理課(獣医事班/小動物獣医療)に問い合わせたところ、「犬の歯石取りに関しては、実際に危害が加わらなければ法的に罰せられる範疇には入らない」ということでしたので(電話では、自分の愛犬がその施術中に亡くなっていることを伝えなかったので)とってもグレーゾーンなんだと思います。
 
 
 
 

それでも謝罪はなかった

診療所の待合室をお借りして話し合いを続けていました。診察室を出て、

「先生から、施術による窒息死と伺いました。服用していた薬のせいでもなければ、疾患や発作があった訳でもないです。ウチの子は何も悪くない。Aさんが殺したんです。どう責任を取るおつもりですか?」

と伺いました。店舗側の二人からは「申し訳ございませんでした…!」と涙ながらに謝罪がありました。それでもAさんは「でも…!」と何かよく分からないことを仰っていました。
 
 
Aさんのことは、もう、“こういう人間性の人なんだろうなぁ”と、腹を立てることすら半ばバカらしくなって来ていました。

と同時に、わたしにとっては羽夢を直接的に殺したのはAさんな訳で、今はどうやっても彼女に対して感情的になってしまいますが、客観的に見れば、彼女はおそらく純粋に「教えられた通りやって、教えられた通り判断した」だけで、そこに非があったと責められても本当に「訳が分からない」し「受け入れられない」のかも知れない…と、根深い闇を見た気がしました。

ただ、Aさんと職種はまったく異なりますが、それでも、特に技術職に於いては、そもそも学校で教えてくれることなんて超キホンのキで、まったく同じ発注で、まったく同じものを作るクライアントなんて居なくて、例え馴染みの顔ぶれが揃っていても同じ現場なんてひとつもなくて、プロとしての覚悟は持ちつつ、でも、常に初心者の気持ちで毎日が勉強で、アンテナを張って自分から情報を取りに行かなければ、知識を蓄えながら更新しながら創意工夫しなくちゃ成長できない…と思って仕事をしているわたしにとって、Aさんの言動や、推測でしかないですが“おそらくは、そういうことなんだろうな”というAさんの思考は、殊、生体を扱う職種にも関わらず、考えられないものでした。
 
 
かなり遅い時間になっていたので、翌朝も早い先生のためにとりあえず診療所を出ることになったのですが、わたしからは

「Aさん、店舗さんそれぞれ、もし今後も同様の施術を行なうおつもりなのであれば、今回のような事故がもう二度と起きないように、それなりの対策を行なって欲しい。それから、無麻酔下の歯石取りという施術の危険性について、きちんと学んでから行なって欲しい。今まで事故がなかったのは、単純にラッキーだっただけなんじゃないんですか?」

と申し上げました。店舗さん側からは「分かりました、一旦持ち帰らせていただいて話し合いたいと思います。本当にこの度は申し訳ございませんでした」と返答がありましたが、Aさんはまだ、(もう覚えていませんが)「私は」「でも」というようなことを度々お話しになっていたようにぼんやり記憶しています。

それがただ、暗に「許されて、仕方なかったと肯定されて安心したい」と言っているように聞こえたので、

「わたしも(店舗)マネージャーさんと同じ悩みを持っていたからこそ、無麻酔の歯石取りという施術に魅力を感じました。獣医さんが危険と言っているのですから、危険なんだと思います。実際に、ウチの子は亡くなりました。それでも、今の日本の動物医療の現状を思えば、無麻酔の歯石取りのすべてが悪だとは、正直思ってません。それを、無知な人間が安易に行うこと、そして、施術そのものが危険な行為であるいう前提の認識が、この施術を取り巻く環境すべてにないことがいけないんだと思っています。

Aさんの施術によって救われた飼い主さんもきっと居たんでしょうし、Aさんも悪意を持って施術してた訳じゃないんでしょうし、すべてを否定はしません。でも、Aさんは無知なんです。そこは自覚してください。せめて、もっとちゃんと、救命措置を学ぶとか、獣医師免許は難しくても動物看護のお勉強をなさるとか………

と、言葉を紡いでいたのですが、その最中に真顔で

いえ、それは無理です。

と、Aさんはきっぱり仰いました。
 
 
寒空の下、更に凍り付いた空気になりました。Aさんの隣で店舗マネージャーの女性が「お願い、もっと空気読んで…」と懇願するような顔で小さくなって、Aさんの腕を掴んでいました。

Aさんは、そういう方でした。
 
 
解散するまでの間、最後までAさんから自発的な謝罪を受けることは一度もありませんでした。それは、今これを記述している現時点でも同様です。深く深く頭を下げて去って行く店舗スタッフさんの隣でAさんは、「またご連絡しても良いですか?」とか、謝罪ではない自身の希望や、なんだかよく分からないことを色々仰っていましたが「施術環境の改善などが完了した時点でのご報告なら伺います」とお伝えして、帰っていただきました。

数時間の話し合いでしたが、Aさんの言動によって、なんだかものすごく消耗してしまいました。

わたしは、Aさんの保身のための言い訳を聞きに行ったのではないのに。
 
 
 
 

店舗側との話し合い

Aさんと店舗には、改善策の提示とそれを実際に実施しているご報告をいただけなければ、名指しで情報発信する旨をお伝えしていました。

Aさんの話を一通り聞いて、その、あんまりにもあんまりな言動に、Aさんを野放しにすれば、きっと、また何らかの事故が起こると思ったからです。

本当は今だって、Aさんを排出したスクールも含め、名指しでお知らせしたい思いですが何とか踏みとどまっています。

もし不幸中の幸いで事故が起こらなかったとしても、第二第三のAさんは、今すでに大勢野放し状態になっています。そして、施術者同様、以前のわたしのように無知な飼い主が、危険であることも知らずに「危ない麻酔なんかしなくても、きれいにしてくれる施術があるのよ!」と、悪気なく他人を巻き込んで、我が子を危険に晒し続ける。

言葉を喋れないこの子たちの代わりに、せめて、もっと飼い主に危険意識を持って欲しい。施術を行なう店舗側にも、正しく「危険な行為である」という認識を持って備えて欲しい。その上で、それでも選択するのは自由だと思います。
 
 
できることなら、生きていて欲しかった。でも、羽夢がその身を以て「ママ、危ないから、他の子にも危ないっておしえてあげてね」と伝えてくれたことを、あの子を救えなかった分、せめて、他の子に役立ててあげること以外、いま、わたしにできることはないように感じていました。

話し合いから10日ほど待ち、店舗を運営する会社宛に「Aさんと御社と、今後どのように対策されるのか、書面で、署名押印の上、知らせて欲しい。前回の話し合いの席でのAさんの言動から、精神的に落ち着くまで、冷静にAさんとお会いできる自信がないので、Aさんと雇用契約を締結している御社がAさんの分まで取りまとめて、まとめて発送して欲しい」旨の書状を郵送しました。

ほどなくして、話し合いの席にいらしていた女性マネージャーから電話があり、

「本来ならこちらからご連絡すべきところを、申し訳ございません。Aさんの施術を行なうにあたり、Aさんとも何度か話し合いましたので、弊社で出した改善策を持って、ご報告申し上げたいと思っております。もう一度お時間をいただけないでしょうか。」

と言われました。前回の話し合いの席でのAさんの言動を、雇用主である店舗側がどう見ていたのかすこし気にしていたのですが、その電話から、“この会社は利益を取ったんだな”と思いました。

仕事の合間の隙間時間ならなんとか都合できる旨をお伝えし、自宅の最寄り駅まで来ていただくことになりました。
 
 
 
 

店舗側の思いと改善策

その日、約束の時間ぴったりにこちらから指定した場所に赴くと、既に女性マネージャーが男性二人と待っていて、お会いして早々、

「改めて、この度はたいせつなご家族の命を救えなかったこと、心身ともにつらい思いをさせてしまったこと、本当に申し訳ございませんでした。本日はお忙しい中お時間を頂戴致しましてありがとうございました。」

と低頭し、丁寧な謝罪を受けました。先方からは、女性マネージャーと運営会社の代表取締役の男性、取締役の男性三人が報告の席につきました。
 
 
店舗側からはこのような書面をいただきました。


2018年1月21日○○店で開催致しました無麻酔歯石除去の出張イベントにて施術が行なわれた際、羽夢ちゃんの容態が急変しその後亡くなってしまったことに関し、施術場所の店舗責任者として、羽夢ちゃんの命が救えなかったことを重く受け止め、今後二度と同じ悲劇が起こらないよう安全確保に向けた改善・取り組みについてご報告させていただきます。

(1)施術場所の見直し
○○店、○○店での施術は、現状のフロア構成では一切開催しない

(2)A氏による施術の受付終了
○○店、○○店のみ、当店でのリピートの方のみ年内承り、○月以降は新規の方は施術不可とし、A氏による施術は年内で終了する

(3)リピートの方の施術の安全対策
1 受け入れ病院を1ヶ所から3〜4ヶ所へ増やし、休診時間がないよう把握し、万が一の際にはスタッフが診察可能な病院へ連絡し対応を仰ぐ
2 受け入れ病院の休診日は開催しない
3 酸素吸入器を常備する(動作確認済み)
4 カウンセリング、体調の変化などのヒアリングの強化(A氏と取り決め)
5 飼い主様のご希望を聞き、施術中の同席を案内する(A氏と取り決め)
6 安全に施術できないと判断したわんちゃんは飼い主様にご説明し施術を行なわない。今までよりさらに慎重に判断する。(A氏と取り決め)

なお、現時点での対策以外でも、同業者のアドバイスやお客様のご要望を聞きながら必要な対策・見直しは行なってまいります。

平成30年2月23日 株式会社○○
代表取締役 ○○ ○○
取締役 ○○ ○○
統括マネージャー ○○ ○○

(*報告内容の一部については店舗の特定ができてしまう可能性があるため伏せていますが、いただいた書面ほぼそのまま転載しています。)


内容について、ひとつずつ説明がありました。
 
 
先ずは、施術者以外の誰かが必ず状況確認できる場所以外で施術を行なわないこと。希望があれば飼い主も施術に同伴できるようにすること。

Aさんとの契約は年内を以て終了。以降、無麻酔の歯石取りに関してはサービスとして提供しない方向であること。
 
 
取締役の男性は、本件の詳細を一通り聞いて即座に「すぐにでも止めるべき」と提案したそうなのですが、既に告知を出してしまって予約のあるお客様や、定期ペースで予約を入れているリピーターのお得意様各位への周知や説明の都合もあるものの、それ以上に、

ウチとの契約を終了しても、Aさんはまた他店できっと同じことを繰り返す。つながっている間にできることをしたい。伝えられるだけ伝えたい。すこしでもAさんに自覚して欲しい。意識を改めて欲しい。

という女性マネージャーの強い思いがあったこと、電話を受けた際にわたしの感じた「利益重視で続行」という訳ではなかった、ということを知りました。

…つまり、Aさんは、前回の話し合い以降もずっと、まだ状況をきちんと飲み込めずに居るということでした。

女性マネージャーは「過去にも受けたことのあるセミナーですが、動物救命の実技講習を再度受講して、覚えたことを各店舗のスタッフたちにもしっかりと教えたいと思っています」と仰っていました。

また、あの日駆け込んだ獣医科医院のドクターから「その場に酸素吸入器があればだいぶ違った(延命できた可能性がある)」と助言があったそうで、施術を行なう予定の店舗には酸素吸入器を導入し、また、万が一の際に駆け込むことのできる距離の獣医科医院複数と連携し「すべての病院に挨拶を済ませました」と、各病院の診察時間、休診日一覧を見せていただきました。
 
 
 
 

人選ミス

あの後、複数回にわたりAさんとも話し合いを行なったそうですが、

「最初は、わたしたち(=店舗側)に対して(だけ)“ご迷惑をお掛けしました”という感じで、まったく事の重大さを受け止めていない印象で、その後、契約の終了を伝えてはじめてハッとした顔をしたというか…」

「(取締役の男性は20年以上ずっとチワワばかりと暮らしていて、羽夢より小さな子も居たそうで)本当に他人事ではなくて、Aさんとの話し合いの席でAさんの態度を見てかなりキツく怒鳴ってしまった」

「その後、少しずつ反省している様子ではあるものの、私共の思いや考え方とはまったく違うところに居るという認識です…」

とのことで、さらに、

「そういえばAさんから、先日のお話し合いの席でお見せしたスケラー(=施術道具)について、刃がないとのご指摘がありましたが、実はあの日、普段お客様への説明用に使用している、(お客様が触れた際に万が一の怪我がないように)刃のないスケラーをお見せしていたそうで、申し訳ございませんでしたと言付かっています。」

と伺いました。
 
 
Aさんが、本格的な保身を始めたと感じました。
 
 
「…同席されていた○○さん(=女性マネージャー)は覚えていらっしゃると思いますが、あの日、Aさんには事前に『これが羽夢の施術に実際に使われた道具ですね?』と確認をして、Aさんは確かに『はい、そうです』と仰いましたね?さらにその後、刃がないと指摘されたことでAさんは『じゃあこっちも見てください!』と語気を強めながら同じ箱にしまわれていた別のスケラーを出して、それも『素人が使うものだ』って言われてましたよね。

わたしもあの後確認したんですが、あの『刃がない』という言葉は、“刃物として使用できない”という意味の『刃がない』ではないですよ?“道具としてプロが使用するに値しない手入れしか施されていない状態”だったというだけで、知らない人が触れれば切れるし怪我をします。物理的に刃は付いてたってことです。

……Aさんは遂に、そんなふざけた嘘まで吐き出したんですね。本当に残念です。」

前回の話し合いの席では、実際にお会いするまでずっと柔和な態度を貫き、肝心なところを聞くまでは我慢して我慢して、できるだけ丁寧にやさしく対応しておいて良かった。事前に色々準備していたことをAさんに知らせなくて本当に良かった、と、改めて思いました。

ここまでの間にも、もしかしたら保身のための嘘を吐かれているのかもしれませんが、最初から戦闘準備万端と悟られていたら、きっとたくさんの嘘で塗り固めた話しか聞くことができなかった。
 
 
わたしがあの日、Aさんに対して感じた印象を

「意識的になのか無意識なのか分かりませんが、起きたことに対し、許して欲しい、受け入れて欲しい、優しい言葉を掛けて安心させて欲しい、…みたいな、羽夢を亡くして一番傷心しているわたしに対して、そういう自分本位な気持ちをぶつけるばかりの印象で、人として、生体を扱う者としての大きな欠落を感じました。Aさんも犬と暮らしているそうですが、亡くした経験がないのかな、とも思いました。こちらから連絡は遠慮して欲しい旨をお伝えしてますので仕方のないことかもしれませんが、あの場でも、それ以降も、彼女から自発的な誠意ある謝罪は今まで一度も受けていません。」

と率直にお伝えしたところ、代表の男性は、

「それは私も感じました。亡くしたことがないのかな…と。それから、マネージャーから一連の報告を受けまして、私もAさんと直接お話ししましたが、似たような印象を受けました。保身というか、なんというか、ちゃんと受け止めることをしていないというか…。事故の直後、Aさんから受けた報告と、ウチの店頭スタッフから受けた報告に非常に温度差があって、ウチの店頭スタッフが『もうここでAさんの施術はしたくないです。危な過ぎます、怖いです。』って言ってたんです。その意味が、すべてを伺って、改めてAさんと話して、ようやく理解できました。」

と、渋い顔をされました。
 
 
今回の事故が起きて初めてAさんの人となりが浮き彫りとなり、会社としても人選ミスをしてしまったと悔いている、というお話しでしたが、それよりもわたしは、「今後もリピーターのお客様に向けてサービスを続けるおつもりなら、無理強いはしませんが、せめて、御社でのサービスを終了した以降も御社のお客様が他で無麻酔の歯石取りを行なう際の注意喚起となるような、施術の危険性についての周知を改めて行なって欲しい」とお伝えしました。

人として…の部分はさて置き、知識の面で言えば、第二第三のAさんは、今すでに大勢いて、今も普通に施術を行なっているのですから。そしてAさんに関しては、(一応、Aさんから預かったという書面も拝見しましたがここに記述するのも面倒なほど俗語で言えば“テンプレ通りなアレ”でしたので割愛します)「御社とご縁がある間に出来る限り、Aさんの意識が改善されることを願っています」とお伝えしました。
 
 
 
 

店舗との約束

店舗運営会社のその3人は、今もそれぞれ子供のように可愛がっている愛犬が居て、事故で亡くした経験があったり、分離不安でほとんど24時間一緒にいる老犬が居たり、「体の一部が削ぎ取れられるようなお気持ちが本当に分かります」「本当に申し訳ございませんでした」と、その席でも揃って涙を流されました。

もし3人が揃って演技力抜群な優秀なセールスマンだったとしたら話は別ですが、すくなくとも、わたしがずっとAさんに対して感じ続けている違和感や不快感みたいなものを3人から感じることはなく、どうぶつに対して本当に愛を持って接している人たち、という印象でした。

会社として動物愛護活動も行なっているそうで、また、店舗で生体販売を行なわないことについても、代表が

「アメリカに視察に行った際、生体販売を行なっている店舗がひとつもなくて、何故なのかと聞いたら、現地の人間に『そんなことをしてるのは先進国でも日本だけだよ。他の先進国の人が見たら、日本のペットショップがしていることは(人間の)赤ちゃんをガラスケースに入れて値段付けて売ってるのと同じ、とても奇異な光景に映ってるはずだよ。日本は本当に(動物愛護について)遅れてる。』と笑われて。それで、ハッとして、ペット事業を本格化させる際に生体販売は行なわないと決めたんです」

と仰っていました。
 
 
日本基準では、犬=今も法的概念上は器物で(だから、愛犬の盗難被害に遭った際には“窃盗品”として“時価”を聞かれました)、犬の食品=ほんの10年ほど前まで雑貨扱いで法的な規制がなく、食品扱いされていませんでした。だから、日本で当時まで販売されていたドッグフードの原材料表示に関しては、日本の“食品の規格基準”に則ったものでなくても良かった訳です。我が子の毎日のご飯を選ぶ身としては、とんでもない話でした。

そんなこともあり、元々、店舗に置かれているフード類が(一時期フードジプシーで本当にたくさんのフードを調べたり試したりした経験があるから分かるのですが)よく吟味されたもので、まだそういったフードが一般的でない頃から品揃えが豊富だったので、そうした面からも信頼していた店舗だったからこそ、「あの店がやってる施術なら安心」という思いもあったことを、3人にはお伝えしました。

2009年にようやく、ドッグフードも法律で規制されるようになりました。
▼愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律(平成二十年法律第八十三号)
▼独立行政法人 農林水産消費安全技術センター(FAMIC)

 
 
ビジネスなのですから、利益を考えるのは当然のことです。ですが、どうぶつに関わるビジネスの中で、そこから倫理観や、生体を扱う商売であるという挟持みたいなものが欠落してしまったら、それは間違っていると思うのです。

店舗さんは、そのことをきちんと理解してくださっているように感じました。
 
 
「Aさんとは、今回の問題点、飼い主様のお気持ち、私どもの考えも理解していただけるまで話し合いたいと思います。店舗の改善時期等と話し合いの内容につきましてはまた追ってご報告させていただきます。」とお約束いただいて、その日は解散となりました。
 
 
 

その後の報告

店舗さんとの話し合い以降、本日までの間に一度だけ、メールで進捗報告がありました。

以下、店舗から実際に届いたメールの抜粋です。


昨日、Aさんとの話し合いをいたしました。

何度かの話し合いの中で、まだまだ保身の感情が伝わり私達も何度も同じ事お話しても本当の理解が得られずにいたので、今回は私(マネージャー)は同席せず、○○(代表)と○○(取締役)で話し合いをしました。

Aさんの考え方をかなり強く否定し、理解していただくようこちらもしっかりお話した結果、言動を聞きますと当初よりは自分自身の問題を意識しているようでした。

ただ、まだ私達も不信感が拭えず素直に受け取ることができません。

お伝えした通り、すぐに施術自体を中止するより(それでは他店での施術が増えるだけなので)、私達の改善と共にAさんの改善をしっかりと見届けるのが責務だと考えておりましたが、3月の施術方法や話し合いで少しでも言動に疑問を持つことがございましたら、無責任なのかもしれませんが、お客様がかかわることなので、早々に中止する判断をしたいと思います。

廃業を考えているなら心配はないのですが、現状は続ける形のようで私達も正解がまだわかりません。

まずは3月の施術や話し合いで答えを出したいと思います。


(※内容の一部については個人の特定ができてしまう可能性があるため伏せていますが、いただいた文面は言い回しも含めほぼそのまま転載しています。)

本来、最も責任を感じて真摯に向き合う必要があるのはAさんのはずなのに、どうしてそれができないんだろう?と、わたしには(おそらく店舗さん側も)理解できずにいます。

どうすることが正解なのか、…それが正しいこととは思えなかったから事故とわかってすぐに訴訟とはしなかったのに。きちんと自分で考えて、それぞれが手探りででも、より良い未来のために今回の事故を活かしてくれるなら…と思って、感情任せに実名を出すことなく、こうして改善と報告を待っているのに。

もしかしたら、Aさんには訴訟を起こした方が有効だったのかもしれません。もう少し様子を見ながら検討したいと思います。
 
 
 
 

それでも、無麻酔の歯石取りに行きますか?

本日時点でお伝えできることは以上です。

今回、己の無知により愛する我が子を喪ったことで、あまりにも大きな代償でしたが、多くのことを知りました。

日本小動物歯科研究会は『トリマーや動物看護士、(人間の)歯科衛生士は動物の口腔内への施術が法律的に許されていない』と明言していますが、農林水産省は『スケラーなどの道具を使った素人の施術であっても、動物に危害が加わらない範疇であれば法的に問題ない』と回答しました。

主治医の話によれば日本獣医学会も『危険だと反対している』し、『ずっと問題になっている』。…それだけ、死亡まで至らなかったとしても、事故が多いのだと思います。

自分なりに色々調べ、獣医師の話を聞き、専門機関に問い合わせた上でのわたしの結論は、犬の無麻酔下の歯石除去は、“法的にはグレーだけど、実際には高い危険を伴う施術である”、ということ。
 
 
わたしは、施術時の体勢により愛犬を窒息で喪いましたが、他にも、犬種や、その子の性格、特性によって危険になることは変わって来るはずです。

「暴れる子や、歯石の状態によっては施術をお断りすることがあります」と、今回、わたしが施術をお願いした際にも施術者側からあらかじめ説明がありましたが、そして、ウチの子はまったく暴れないどころかずっと大人しかったのに窒息死した訳ですが、他にも、長文過ぎてすべてに目を通していらっしゃらない方がいるかと思いますので、文中で紹介している各参照リンク先などで危険視されている点をざっと書き出すと
 
 
無麻酔下の歯石除去を(獣医科医院以外の場所で)安易にやると、

・歯根を残したまま歯が折れちゃうかも

・顎の骨が折れちゃうかも

・鉗子で歯石を割って除去するときに、歯も一緒に折って露髄させちゃうかも

・スケラーは滑るので、歯肉や舌、口腔粘膜を(結構な割合で)傷つけちゃうかも

・口腔粘膜っていうか、唾液線の導管の開口部とか、大きな血管も切っちゃうかも

・歯肉が傷だらけになって、今より状態を悪化させちゃうかも

・取った歯石がぽろっと落ちて、気道内異物で窒息しちゃうかも

そして、

・施術時の押さえ方が悪くて窒息させちゃうかも

・施術の体勢が悪くて窒息させちゃうかも

知れない。

でも、それはぜんぶ、施術者次第だよ。

でも、その施術者は、国が認めた資格を持ってる訳じゃないし、獣医学も学んでないよ。

場合によっては死んじゃうかもしれないよ。
 
 
と、いうことです。
 
 
それから、

・表面だけきれいにしても、根本解決にはならないよ

・表面を削ったことで、より一層歯石がつきやすい状態になるよ(スケーリングの後でポリッシングが絶対必要だよ)

という部分も、知っておかなければならないと思います。
 
 
あと、わたしは知覚過敏で、自分が歯石取りをする時には「自費診療になってもいいから絶対麻酔してください!!!」っていうくらい痛がりなんですが、犬だって、痛い子は痛いんだと思います。

…それらの危険を知っていても、きちんと理解した上で「いやいや、それ、たまに起こるかも〜っていう事故でしょ?ウチの子に限っては大丈夫でしょ。表面だけきれいになればいいし。」と判断されるのは、自由だと思います。

でも、施術を受けるその子には、逃げ場がないんです。決定権もありません。(脱走したりめちゃくちゃいやがって暴れる子なら話は別ですが。)

その子を守れるのは、あなただけなんです。
 
 
わたしは判断を誤りました。だからこそ、危険な施術だと発信します。
 
 
Aさんは、大金を払ってプロになるために有名な先生と言われる方の元で学んで、学んだすべてを以てしても今回の事故を防げなかったし、重篤な症状だということすら判断できなかった。

仮に、Aさんが怠け者の学生で、実は全然勉強してなかったから知識がなくて事故が起きたんだとしましょうか?だとしたら、じゃあ、なぜAさんはその「スクール」と呼ばれる場所の認定証を持っているんでしょうか?

きちんと学んでいてもダメ、実はサボってたとしてもダメ。どっちにしてもダメなんです。

そして、補足として前述していますが、その“スクール”の有名だという「先生」は、獣医師免許をお持ちではありません。

……何もかもを「法律では○○だから」と縛って判断するのが正しいとは思っていません。ですが、調べれば調べるほど「この知識をはじめから持っていたら、わたしは絶対に自分の子に無麻酔の歯石取りなんて選択しなかった」と思うのです。

わたしは、本当に無知だった。
 
 
厄介だな、と思うのは、施術者側が(店舗も)多分「良いことをしている」「自分には正しい知識がある」(と思わせるスクールがある、そして、スクール側もきっと、わかんないですけど悪気がある訳じゃない)と思っていて、飼い主も(見た目がきれいになるので)「施術を受けて良かった」と思ってしまっていること。そして「良い施術があるのよ!麻酔の危険もないし!」…って、悪気なく誰かを更に巻き込んで。悪気がないって一番厄介です。

そして、信頼できる、国が認める資格は、獣医師免許しかないこと。

必ずしも、「あなたのおうちの最寄りの獣医さんが絶対!」とも言えません。それは、人間社会にも残念ながらヤブ医者がいるのと同じ。個人的に、警察官と医者にはアタリハズレがあってはいけない、と思っていますが、でもやっぱり、どちらにもアタリハズレがあるのが現状です。本当に酷い獣医師の話も、時折耳にします。

しかも、動物病院の診療費は、人間社会のように健康保険が適応されている訳ではないので、(ある程度の目安みたいなものはあれど)“その病院が勝手に決めて良い”自由診療で、飼い主の中には「高いから…」と嫌厭して、本当に必要な時(病気かも、とか、大きな怪我をした、とか)にしか受診しない人も少なくないように感じています(個人的には、できるだけ幅広い診療を網羅した民間のペット保険に、我が子を国保に入れたくらいの気持ちで絶対入っておいた方が良いよと思ってますが)。

だから、ちょっと不安があっても、わからないことがあっても、気軽に獣医さんを訪れて「先生、これ、どう思う?」って聞ける、そんな信頼関係を獣医さんと築けている飼い主は、もしかしたらマイノリティなのかもしれません。

本当は、もっと色んなことをきちんと深く調べて、理論立てて説明したり、提案したりというところまで練ってから発信した方が良かったのかな…とも思いますが、思いつくまま殴り書きをしている今は、上手くまとめられなくてごめんなさい。

動物医療に関する国家資格がすぐに増えるとも思えないし、動物医療に関する研究費が国からドカっと落ちるとも思えない。それなら民間と獣医学会がしっかりと手を組んで、コンパニオンアニマルに対する医療に準じる行為について、もっと柔軟に、もっと上手く、連携して底上げして行くことはできないのかな……とか、そんなことを感じています。(もしかしたらそうできない事情があるのかもしれないし、もしかしたら「既にそんなことやってるよ!お前が知らないだけだよ!」なのかもしれませんが…。)
 
 
 
 

さいごに

長い長い乱文に、ここまでお付き合いくださってありがとうございました。

そして、写真に入りきっていませんが、羽夢にたくさんのお花やお悔やみをお送りくださった皆様、やさしいお心遣い、本当にありがとうございました。

羽夢

犬や猫だけでなく、時代と共に、共に暮らす“家族”としてのどうぶつとの関係性が大きく変わる中、なんでもかんでも「欧米ではこうだから」とその他の先進国に倣うことが正解だとはまったく思いませんが、それでもやはり、日本の動物愛護に関する知識も感覚も価値観も、とても遅れていると思います。

どうぶつに関する問題を見聞きし、関わる度に、いつも、本当に大きなモヤモヤしかありません。

これからも、本当に微力ではありますが、そこに関しては、自分にできることを手探りしながら、アンテナを張り続けていたいと思っています。
 
 
まとまりなく、思いついたままを羅列しただけの文章になってしまいました。ちいさな声ではありますが、必要な人に、必要な場所に届いて欲しい。未来の日本が、愛するちいさな命と暮らしやすい社会であって欲しい。そんな思いも込めて、更新ボタンを押したいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

はむ、バカで無知で頼りないママでごめんね。
助けてあげられなくてごめんなさい。
守ってあげられなくてごめんなさい。

生まれてくれてありがとう。
巡り会ってくれてありがとう。
ウチの子になってくれてありがとう。
しあわせな11年をくれてありがとう。

はむのこと、ずっと「くっつき虫」って呼んでたけど、たぶん、ママの方がくっつき虫だったんだよ。はむの骨をだっこしながら気付いちゃった。

はむがいなくてさびしい。

ちいさな、ちいさなからだだけど、
わたしには、おおきな、おおきな存在でした。

しあわせを、ぬくもりを、やさしさを、愛情を、わたしはこの子たちからもらうばかりで。わたしは、この子たちにちゃんと、返せてるのかな。

miyo
 
 

About miyo

上手いか下手かと問われれば、技術的にはへたくそな一応歌うたい。メインはなまこ速度でマイペースに活動中の“空夜coo:ya (くうや) ”の言葉担当。空夜coo:ya以外でもウィスパーボイスでのお仕事が多いのでライヴはとんとご無沙汰。…あってもカンペなしで歌う自信皆無の記憶力絶賛後退中。/ I am a vocalist known for whisper singing. But I have not performed on stage for a while. My main project Coo:ya is a band that does not do live performances. Besides, singing with a whispering voice is not very compatible with performing live shows. http://coo-ya.com/